第68話

 数日後。由香里は目をました。

「自分の体調を管理できぬなど、言語道断ごんごどうだん!」

 起きてすぐ、由香里はナルシィに説教せっきょうされた。

「ふむ。由香里の体が回復するまでの間、歴史の授業をするとしようか。うむ。武術の歴史は長い。古くは……」

 歴史の授業は眠かった……。ナルシィの大声熱弁ねつべんが、眠りをいざなう呪文に聞こえる摩訶不思議まかふしぎ

「むう。由香里、聞いておるのか。今までのところで何か質問はあるか」

 睡魔すいまただよう授業中、ナルシィの声に由香里はハッと目を開けた。……どうしよう。全く聞いていなかった。助けを求めてとなりの席に目をやると、ウサギが目を開けたままお休み中。スヤスヤ寝息をたてている……。

「あっ、ハイ。えっと……ありません」

「うむ。アズキはどうだ」

 ウサギはさりげなく目を覚まし、授業とは全く関係のない質問をした。

「ナルシィはどうやって石化現象せきかげんしょうを生きびたんだ?」

「ふむ。石化現象か」

 ナルシィの目が遠くを見た。

「わしの時代は。いしねむり、と呼んでおった」

「眠り? 石化せきかと何か関係あるのかよ?」

「うむ。とにかく眠かったのだ。吸い込まれるように眠ってしまう。眠ったまま石になる、おそろしい伝染病でんせんびょう。原因も治療法ちりょうほう感染経路かんせんけいろ不明ふめい不眠ふみんになる者、自殺する者、あやしげな薬や呪術じゅじゅつうそうわさで世界中が大混乱だいこんらんおちいった」

「……ナルシィも眠らなかったんですか?」

「むぅ、このわしがか」

 ナルシィはフンと鼻で笑った。

「わしはおそれず眠ったわ。眠らなければ戦えぬからな」

「へぇー。さすがですね」

 由香里が目を丸くした。ナルシィが得意とくいげに胸を張る。

「それで、どうなったんだ?」

 アズキがおもしろくなさそうに話の続きをうながした。

「うむ。やまいは広がり変異へんいして、起きていても石になり、石の眠りはモルモフをのみこんだ。見渡みわたかぎりの石と砂。食糧しょくりょうはある、危険はない、誰もいない。安全で孤独な世界になった」

「ナルシィは石化しなかったのかよ」

「いや」

 ナルシィはかぶりった。



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