第69話

「その時わしは石の森を歩いておった。世界は灰色一色いっしょくだった。うむ。それが気づくと黒一色の、不思議な空間にいたのだ」

「黒? 夜のやみか?」

「いや、石の内側だ。いつの間にか、わしの体は石になっていたのだ。石の内側はやすらかな空間だった。母の胎内たいないにいるようななつかしい感じがした。うむ。そしてそこでは全ての者と、つながっていたのだ」

「つながっていた? どういうことだよ?」

「うむ。心が魂がつながっている、という感覚があったのだ。このままここで、懐かしい者たちと共に一緒にざりあいたいけあいたい。溶けて混ざってひとつになりたい。そう願った者の体は石になり、魂は青白い炎のようにゆらいで消えた。安らかにちてった」

 ナルシィは、むふぅ~、と息を吐いた。

「わしは若かった。何も知らぬ、血気盛けっきさかんな若者だった。大冒険をしたかった。女の子にモテたかった。生きる希望にあふれていたのだ。わしは石の内側で出口を探し続けた。うむ。そしてある時、わしは光を感じたのだ。魂が光に包まれた」

 ナルシィは胸に手を当てた。

「気づくとわしは、森の中にいた。目の前を白いちょう横切よこぎった。灰色の森が徐々に緑に変わっていった。モルモフが、石の眠りから目覚めたのだ」

「その光ってのは何だったんだ?」

「うぬ。わからぬが、女神だったのかもしれぬな。古い言い伝えに、女神を失ったモルモフは静かに眠り新しい女神を待つ、とある。滅びぬために眠る、と」

「……じゃあ私はどうすれば、石の眠りをけるんですか?」

 由香里の問いにナルシィは少し考えてから答えた。

「ふぅむ。生きること、だろうな。うむ。女神がすこやかであればモルモフも栄える」

「それじゃあ私は殺されないように強くならないと、ですね。武術の修業にはげみます。ナルシィ、よろしくお願いします」

「うむ。よい心がけだ」

 ナルシィはかわいい弟子に目を細めた。


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