第62話

 川のほとりでナルシィが仁王立におうだち。ブツブツ言いながら待っていた。

「呼吸の乱れは心の乱れ。短気たんき損気そんき忍耐にんたい根気こんき。息をととのえ心をしずめる。うぬ。やっと来たか。待ちくたびれたぞ。さっさと魚をって、遅い昼飯ひるめしにするぞ」

 ナルシィに釣り道具をわたされた由香里はキョトン。

「……どうやって釣るんですか?」

「むぅん。釣ったことがないのか。うむ。わしが手本てほんを見せてやろう。よいか。こうやって、こうしてこうだ。わかったな。よし、やってみろ」

「……はい?」

 由香里にはさっぱりわからなかった。道具と川面かわも交互こうごに見つめて途方とほうれた。

「むうぅ、できぬか。この程度ていどがわからぬか。うぬぬ、それでは火をおこせ」

「……どうやって?」

「むうん。いいか、ここをこうして、木の枝をこうやって、こうして、こうだ」

「……はい?」

 ナルシィの手本も説明も大雑把おおざっぱ。由香里にはさっぱりわからない。珍紛漢紛ちんぷんかんぷんだ。

「うぬぅ。では、あそこの木になっている赤い実をとってこい」

「……木に登った事がないのですが」

「うぬぬ」

 ナルシィはうめいた。

「うぬぅ。鈍臭どんくさむすめだ。いちを教えて、その一割いちわりもできぬとは。うぬぬ」

 ナルシィの視線の先では、由香里が木登きのぼりに悪戦苦闘あくせんくとう

「そこのりに足をかけて……いえ、それではありません」

 木の下ではツッチーが教えるのに四苦八苦しくはっく

「うぬぬ。何をどう教えればよいのやら。あんなのでたして武術ができるのか。うぬぅ」

 ナルシィは頭をかかえた。

「武術はいったんいといて、まずは山道の歩き方からじゃねぇのか?」

 呻くナルシィの足もとで、ウサギが草をはむはむ食べながら言った。

「魚の釣り方、さばき方、火のおこし方、食える草と毒草の見分け方、木登りを覚えて、山の中を迷わず走り回れるようになってから、武術じゃね?」

「むうう」

「その一割をくだいて教えれはいいんじゃね? 短気は損気なんだろ。こしえて忍耐強く、じっくりゆっくり丁寧ていねいに根気よく教えるのが師匠なんじゃねーのか?」

「うぬぬ」

 ナルシィは小癪こしゃくなウサギをにらみつけた。



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