第59話

 どうにかこうにか辿たどいた小屋の前には大男。山小屋の前で、筋骨隆々きんこつりゅうりゅういかつい男が仁王立におうだち。何かブツブツ言っている。

「呼吸のみだれは心の乱れ。息をととのえ心をしずめる。短気たんき損気そんき忍耐にんたい根気こんき。心の乱れは呼吸の乱れ。息を整え冷静沈着れいせいちんちゃく

 アズキと由香里は顔を見合みあわせた。

「あいつヤバくね?」

「そうだね。用心棒ようじんぼうとか見張みはりとか、時代劇に出てくるガラの悪い悪役みたい」

 アズキと由香里の会話にツッチーが苦笑にがわらい。

「……彼がナルキッスです。ヤバイわけでもがらが悪いわけでもありませんよ。彼は今、瞑想中めいそうちゅうです」

迷想めいそうかよ」

 アズキがつぶやき、由香里は目を丸くした。

名僧めいそうなんだ」

 ナルキッスは仁王像におうぞうみたいな大男おおおとこだった。たわしみたいな剛毛ごうもう短髪たんぱつ、ゲジゲジ眉毛まゆげに目がギョロリ。顔も体もゴツゴツしている。ナルキッスという名前から、由香里はギリシャ神話に出てくるナルキッソスのような美少年を想像していたのだが……。実物じつぶつは鬼のような見た目のオッサンだった……。

 大型犬ツッチーはトコトコと大男に近づいて言った。

「女神の由香里とツガイモのアズキをおれしました」

「うむ。遅かったな。もうすぐれる。待ちくたびれたぞ。わしの名は、ナルキッス。モルモフ最強の男だ」

 ナルキッスは声もでかい。

「今の最強は俺だぜ」

 アズキは大男をにらけた。

「俺はさっきからずっと人の姿になれねーんだけど、これって、ナルキッス、てめえのしわざだろ。どういうことなのか、理由を教えてくんねーかな?」

 大男ナルキッスはっちゃなウサギを見下みおろした。

「ふむ。血気盛けっきざかりの若者わかものとは、ほどらずで生意気なまいきなものだ。うむ。ツガイモが必要な時だけ、人の姿に戻してやる。アズキ、大人おとなしくしていないと、本の外に放り出すぞ。わかったな」

 ダン! アズキは返事の代わりに足をらした。

「うむ。由香里」

「ハ、ハイッ」

「むう。おどおどするな。おびえるでない。っていやせぬ。安心して、わしの目を見て話すのだ」

「ハ、はい」

「うむ。わしのことは、ナルキッス師匠ししょうでも、お師匠様ししょうさまでも、好きに呼ぶがよい」

「え、じゃあ……ナルキッス師匠をりゃくして、ナルシィ、と呼びます」

「むぅん」

 ナルキッスあらためナルシィは目をむいた。

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