第4章 不死の樹海

第58話

 ふと気づけば森の中。

 うっそうと木々がしげる大木だらけの原生林げんせいりん。木の枝で鳥がさえずり、草むらでは虫が鳴いている。

 由香里は、茶色いジャージにスニーカーという格好かっこうっていた。足もとで、うさぎが後ろ足で立ち上がり耳をピーンと立てている。

「……ここ、どこ?」

 由香里は原始げんしの森を見回みまわした。

「本の中、だな」

 アズキは鼻をヒクヒクさせて地面をまわった。

「とりあえず危険はなさそうだ。ここに獣道けものみちがある。……行ってみるか」

「……道? あ、待って、アズキ」

 オレンジ色のウサギは軽やかにピョンピョン進んでゆく。それを追う由香里の方は四苦八苦しくはっく。草をかきわけ木の根につまずき枝にぶつかり悪戦苦闘あくせんくとう

 川を見つけてひと休み。

「由香里、大丈夫か?」

「……なんとか大丈夫」

 カサッ。

 アズキの耳がかすかな物音をひろった。パッとアズキが身構みがまえる。

「アズキ? どうしたの?」

 しげみの中から現れたのは大型犬。

「……シェパード? 警察犬? ……猟犬りょうけんかな?」

 由香里はあたりを見回した。人の気配はない。

「飼い主は? ……首輪ないけど、野犬やけんじゃないよね?」

 大型犬は行儀ぎょうぎよく四本足をそろえて座ると、由香里を見上げて口を開いた。

「私はナルキッスの使いです」

「い、犬が、しゃべった⁉」

 由香里が片足を一步引いた。……マジマジと犬を見る。

「……犬も、喋るんだ」

 由香里は片足を一步戻した。しゃがんで犬と目を合わせる。

「……ナルキッス? ……私は由香里。このウサギはアズキ。あなたの名前は?」

「ナルキッスは、あなたに武術を教える男です。私に名前はありません。私はナルキッスによって、土から作られた物です」

「土からつくられた者?」

 由香里はキョトン。説明を求めるようにアズキを見た。

「そうだなぁ。由香里の世界でたとえるなら、式神とか傀儡くぐつとか、犬型ロボットってところかな」

「……よくわからないけど、名前ないならつけていい? 土からってことで、ツッチーって呼んでいい?」

「……はぁ、どうぞ。私はナルキッスに、女神とツガイモを連れてくるように、と言われて来ました。それでは、山小屋までご案内します」

 アズキはピョンピョン足取り軽く、由香里はヨロヨロもつれる足で、大型犬ツッチーの後をついて行った。


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