第56話

 「……本の中で? ……ここの本はどういう物なの?」

「すぐにわかるわ。由香里は何のために武術を習いたいの?」

「私は」

 トサッ! ドサッ!

 いきなり足もとに本が落ちてきた⁉ 由香里が驚いて飛び上がる。

「どうした⁉」

 アズキがすっ飛んできた。

「ほ、本が落ちてきた……」

 床の上に本が二冊、ぶつかり合うように落ちていた。二冊とも重そうなハードカバーの黒い本。題名も作者も書かれてない。チャシュが本のにおいをいで、金色の目を丸くした。

「おい、チャシュ、何の本だ? 有名な奴が書いた本なのか?」

「二冊とも、書かれた物じゃないよ。本人だ。二人とも石化を経験している。ナルキッスとハニービーン」

「おいおい。それって……」

 アズキとチャシュは顔を見合わせた。

「願ったりかなったりってやつかしらん。んー、二冊同時は無理よねー」

 アイリスはしゃがみ込むと二冊の本に手をかざした。アイリスと本のまわりを青白あおじろほのかな光のかこう。

「……あれは? アイリスは何をしてるの?」

 由香里はささやき声でアズキにきいた。 

「本と話してんじゃね?」

「……本と? 本はページをめくって読むものではないの?」

「普通の本はそうだけどな。アレはちがう。由香里の世界では、死んで幽霊になる奴がいるだろ。幽霊ではなく、本になったのがあの二冊だ。魂が本に姿を変えたってとこかな」

「……よくわからないけど、そうなんだ」

「この館の本は、読む者を選ぶ。本に選ばれた者しか読むことができない。アイリスは選ばれてないから本を開けないが、魔女だからな、本と話しができる。……チャシュ、アイリスは何の話をしてるんだ?」

「順番を決めている。二冊同時に入ることはできないからね」

 床の上に寝そべったチャシュの声は眠そうだ。

「……何に入るの?」

「本に。君が入るんだよ。由香里、君を本の中へかくす。本の中なら夢も入れない」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る