第55話

 サラサラサラ……。

 本と本の間にもった砂がサラサラと棚からこぼれ落ちてゆく……。石になった本棚がずらりとならび、石になった本がずらりと並び、その間にサラサラと崩れた砂が積もってゆく……。

「……アイリス、この中からどうやって武術の本を探すの? 検索機けんさくきはないの?」

「ん、ないわよ。それに今はほとんどの本が石化せきかして、強い本しか残ってないわ。強い思いは、強い本を引き寄せる。歩いていれば向こうから来るわ」

「……何が来るの?」

 由香里はビクビクしながらあたりを見回した。霊感ないし信じてないし見えないけど、オバケはこわい。得体えたいのしれないものは怖い。

「本よ。んー、由香里ったら、そんなにおびえることはないわよ。本の森をさまよって森の一部になったりはしないから」

 そう言ってアイリスは笑ったが、由香里はますますビクついた。

「……さまよって、森の?」

「ん、たまにそういう者もいるのよねー。んー、そうねぇ。例えば……」

 アイリスは由香里に体をせて、声をひそめた。

「私が料理の本を探して、この館に足をれたとするわ。探していた本を見つけて読みふけり、さらにもっと知りたくなって次の本、次の本……、知れば知るほど疑問が増えて、答えを求めを求め、知の欲望にかれ、本に呼ばれて魅入みいられて、本の森の奥深く、深く深くってのめりみ、深みにはまりのまれて消える」

「……消える?」

「私は作りたい料理があって、そのレシピを探してここへ来たのに、いつの間にか私は、料理する、という目的を忘れてしまう……。次々と目の前に現れるものをかたぱしから追いかけているうちに、自分が何のために何を追い求めているのかわからなくなり……自我じかうしない、輪郭りんかくがぼやけゆらいで消えてゆく……。私のたましいは本にわれ、私の肉からネズミが生まれ、私の骨は棚になり、残ったむくろけてやかたに吸収されるの」

 由香里はアイリスの腕をギュッとつかんで立ち止まった。

「ここを出よう。アイリスが消えちゃう」

 アイリスは目をクリッとさせて笑った。

「消えないわよ。私は館の管理人だもの。んー、例えが悪かったかしらね。私が言いたかったのは、目的を忘れないでってことよ。目的は本の中で地図になるわ」

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