第51話

「チャシュ」

 ドアがそっとひらいて由香里が顔を出した。薄緑色うすみどりいろのTシャツを着ている。

「チャシュも出てきていいよ」

 チャシュが風呂のドアから覗くと、部屋のすみに追いめられたウサギが耳をせてビビっている。

「アイリス、何をする気だ? その手に持っているのはひもか? むちか?」

「これはメジャーよ。体のサイズをはかるのよ。動かないで。じっとしててよね。全身くまなくはかるわよ」

 アイリスが胸の前でビシッとメジャーをかまえた。どう見ても鞭のかまえだ。

「ちょっと待て。アイリス、目が怖いぞ……」

 アイリスは興奮に目をギラめかせ、ジリジリとウサギにせまる。

「由香里の世界じゃ、ウサギや猫に服を着せるっていうじゃないの! そんな発想なかったわぁ」

「ちょっと待て。布はほとんど石化してるんだろ?」

「石化がけたらさきにウサギと猫の服を作るわよ! それに、まだ石化してない布がどこかから出てくるかもしれないじゃない」

「出てこねーよ! それに、由香里は俺に服なんか着せなかったぞ!」

「口は動かしてていいから、体は動かさないで」

「うわっ! 何しやがる⁉ やめろ!」

 チャシュは首を引っ込めると、クルリときびすを返して風呂場へ戻った。

「チャシュ?」

 由香里の声が追ってくる。

「アイリスの興奮がめるまで、僕はここに隠れているよ。由香里もおいで」

 チャシュが前足で手招てまねきした。

 由香里が風呂場の木の床に腰をおろすと、チャシュがひざの上に乗ってきた。由香里がなでるとチャシュは気持ちよさそうに目を細めた。

「由香里、眠らないとダメだよ」

 そう言うチャシュの声は眠そうだ。

「だけど、眠ったら夢につかまる」

「それでも、眠らないとダメだよ、由香里」

 チャシュは由香里の手に頭をこすりつけた。

「寝不足は気力も体力も判断力もうばう。それこそ敵の思うつぼだよ。恐怖にとらわれしばられて、それしか見えない考えられなくなってゆく。それはとても危険だよ」

「……白い夢よりも、眠らない方が危険ってこと?」

「僕はそう思っている。眠る事と食べる事をおろそかにしてはいけないよ」

「……そうなんだ」

 由香里はチャシュをなでながら考え込んだ。チャシュはゴロゴロのどを鳴らしてまぶたを閉じた。

「……考えぎるのも危険、かな」

 由香里は、ふぅ〜と息をいた。吐息といき湿しめけ込んで湯気ゆげがゆらゆららめいた。湯のにおい、木のにおい、膝の上にやわらかなチャシュの重みぬくもりゴロゴロ音……。ゆっくりと由香里は眠りに落ちていった……。







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