第48話

 由香里はクリーム色のTシャツを着てぐったりと、ベッドの上でのびていた。

「大丈夫か?」

「うん。ちょっとのぼせた。でダコになった気分」

 アズキはちょっと反省はんせいした。由香里を長く湯にけすぎた。さっさとベッドに運べばよかった。

「ほらよ」

 水でらしたタオルを由香里のひたいに乗せる。

「ありがとう」

 ほほみが返ってきた。

 アズキの心臓ハートがトクンとねる。

「……水、どこにあったの?」

「箱の中。飲むか? ほら」

「ありがとう」

 由香里は体を起こすとアズキから水の入ったコップを受け取り、美味しそうにゴクゴク飲んだ。そして再びベッドにへたりとのびた。

「……水とスープはたくさんあるの? ……石化しないの?」

「あぁ。しないみたいだ。チャシュの話だと、スープと水だけは、まるでき水みたいに出てくるらしいぜ」

「へー、そうなんだ」

 アズキはウサギの姿になると、ピョンとベッドに飛び乗った。由香里の脇腹わきばらに体をくっつけて寝そべる。風呂上がりの由香里の体はホッカホカ。いい匂いがする。

 由香里はアズキをなでながら、天井の木目もくめながめて考え込んだ。

「……宮殿には女神とツガイモしか入れないの? こっそりしのび込んでひそんでるってことは?」

「ない」

 アズキは断言だんげんした。

「宮殿は女神の許可無きょかなく入れない。女神がないと入れない。女神不在イコール宮殿は無人だ。留守番すら許されないのさ。外へき出されるんだ」

「そうなんだ。……え、でも」

 由香里は上半身を起こした。その拍子ひょうしに額からポトンとタオルが落ちる。

「3人のツガイモは宮殿の中にいたけど? 半分透けてる私がいたから?」

「というよりかは、由香里が宮殿を脱走した直後で3人は数秒後に吐き出されるはずだった。それが、吐き出される寸前すんぜんられたと考える方が自然だろうな」

「……私以外にも女神がいるってことは?」

「ない。女神は1人しか存在できない。今のモルモフの女神は由香里だ」

「……女神じゃないなら、中にいるのは……私が見た、あれは……何?」

 のぼせていた由香里の顔色が青白あおじろくなってゆく。

化物ばけものかもな」

 アズキがつぶやく。

「……どんな?」

 モルモフの化物なんて想像そうぞうつかない。怖すぎる。戦戦恐恐せんせんきょうきょう。ビクつく由香里。

「さぁな。ニセ魔女が召喚しょうかんした化物が、宮殿の中で女神とツガイモを食っている。それぐらいしか考えられない。異世界の化物なんて、どんなやつだか想像もつかねーよ」

 宮殿の中に入って直接ちょくせつこの目で確かめたいが、俺ひとりでは入れない。女神である由香里と一緒なら入れるが、由香里を中へ入れたくない。由香里を安全な場所に隠して、化物を外へおびき出す手はないのか? アズキはか考え込んだ。

「……異世界かぁ。私の知ってる化物かなぁ……」

 由香里はタオルを首にかけ、ベッドの上にあぐらをかいて考えた。

「……タコかなぁ」

 そう呟いて、由香里はひとり納得なっとくしたようにうなずいた。顔色が戻っている。

「何がタコなんだ?」

 アズキはベッドにちょこんと座って由香里を見上げた。由香里はほほ笑み、かわいいウサギなでなでした。

「化物の正体がわかるまで、タコにしておこうと思って。宮殿の中で大ダコが八本足をウネクネさせてるイメージ。幽霊ゆうれいやお化けにはすべないけと、タコ相手なら逃げも隠れもできるかも。それに食べると美味おいしいし」

「化物を食う気かよ⁉」

 おどろくウサギに、由香里のお腹がグーと答えた。

「朝ご飯、朝スープにしようね」

 由香里は笑ってウサギを抱き上げた。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る