第44話

 ふわぁ〜。由香里は首までかり、満足の息をもらした。

 アズキは風呂桶ふろおけの中にちょこんと座りプカプカと湯の上をただよっている。

「なぁ由香里」

 アズキの声に、由香里はじかけていたまぶたけた。

「由香里は元の世界に戻りたいとは思わないのか?」

「思わない」

 由香里はあっさりと言った。

「会いたい人も待ってる人もいないから。元の世界に戻ってもさびしいだけだから。……過去の女神たちもそうだったんじゃないかな」

「それはないな。どいつもこいつも、帰りたい! 元の世界に返して! ってわめらしてたんだぜ」

「そうなんだ……」

 未知みちの異世界、既知きちの世界。どちらもひとりぼっちなら、どちらがより孤独こどくだろう?

 湯の中でものおもいにしずんでゆく由香里をアズキが引き戻す。

「由香里が人形みたいに眠っていたのは、元の世界に戻れなくて絶望ぜつぼうしたからじゃないのか?」

「違うよ。あれはただの現実逃避げんじつとうひ。何もしたくなかっただけ。動くことも考えることも、全てを停止ていししたかった」

 由香里はゆるりと首をった。

「でも、もう十分じゅうぶん、逃げたから。もういいかなって。もう十分寝たから、起きることにしたの」

 そう言って由香里は、ふぁ〜、と息を吐いた。いい湯だな。

「眠っている間の事、何か覚えているか?」

「何も」

 由香里は少し眠そうだ。

「夢も見なかった。なんかこうボンヤリと、もっと頑張らないとダメだって怒られている気がして、目が覚めた。あ、でも、アズキの顔は覚えてる」

「顔? ウサギの? 人の?」

「人の。とてもつらそうだった」

 由香里が優しくそっとウサギの頭をなでる。

「はぁー。まったく。そういう所かもな」

 ドボン!

 ウサギが湯船に飛び込んだ。一瞬で人の姿になる。

 湯の中から現れた人の姿に、由香里が息をのむ。アズキは裸。もちろん由香里もすっぽんぽん。

「え、なに、いきなりどしたの? アズキ、風呂では人の姿にならないって言ったでしよ。ちょっちょっと、待って。離れて。ウサギに戻って」

 パニクる由香里。 

「風呂で変な事しないで、服着てアズキ」

 つやめくアズキがニヤリと笑う。

「変な事はしないよ由香里。するのはエッチ。服を着るのはそのあとで」

 アズキは由香里を抱きしめた。



 




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