第36話

 由香里は短大を卒業し、一人暮らし、社会人デビューした。環境かんきょうをガラリと変えて、新生活のあわただしさで悲しみをやり過ごした。

 由香里は会社で、仕事よりも人間関係で、つまづき転んでリタイアした。

 由香里は入社当時から、ちょっと周囲から浮いていた。けれど長いぼっち生活で、由香里は一人に慣れていた。学生時代も教室のすみで過ごしていたから、会社でも職場の隅で黙々もくもくと仕事をしていた。

 由香里か入社した時は、残業が当たり前だった。サービス残業が日常化にちじょうか。それがある時、急に「ノー残業!」会社の方針が変わった。由香里はそれに素直すなおしたがい毎日定時に帰っていたら、にらまれた。「残業するな!」と口では言いながら、内心では「残業せずにサッサと定時に帰る奴は、やる気がない!」と、思っている者が大半たいはんであることに、由香里は気づいていなかった。

「手がいてそうだから、この仕事もまかせるわ」

 しだいに他の人の仕事が由香里におりてくるようになった。しただからしかたない。そう思って由香里は頑張った。速くミスなく丁寧ていねいに仕事を終わらせることに集中した。

「まだまだ余裕よゆうっしょ」

「それもう終わったんでしょ。だったらこれもお願い。こっちはいそがしくってさ」

 由香里は周囲を見回して、首をひねった。だれひとり忙しそうに見えないのは気のせいか? みんな手を止めペチャクチャと口を動かすのに忙しそうなんだけど……? 仕事してる? してなくない?

 けれど由香里には、愚痴ぐちを言える同僚どうりょうも、相談できる先輩も上司もいなかった。職場でぼっちはマズかった。

 「ペーパーレス化! IT! 効率化こうりつか!」と会社が叫んだ。結果、紙の消費量か増え、無駄むだな書類が増え、チェックと確認印が倍増し、事務作業が繁雑はんざつになった……。意味がわからない。

 ある日、由香里は勇気をしぼって、上司に言った。

無駄むだな仕事が多すぎます。データ保存されてるのに紙に出してつづるとか、誰も見ない形だけの資料とか、ノーチェックの捺印回覧なついんかいらんとかをやめたら効率が上がると思うんですが。それと、他の人が忙しいからと私に回ってきた仕事を、他の人に、戻してほしいです。私はもういっぱいいっぱいなので。他の人は手が空いているようなので」

 上司は顔をしかめて言った。

「そうか? 大変そうには全然みえないんだけどな。仮に仕事をなくしたとして、その空いた時間を、あんたは何する? 何もしないだろ。なんていうのかな〜、どうもこう、やる気が見えないんだよ。もっと頑張ってほしいんだよな」

 由香里はいた。会社のトイレで人知ひとしれず嘔吐おうとした。それでも由香里は気を取り直して頑張った。結果けっか、リストラされた。

 そこでようやく由香里は自分の間違まちがいに気づいた。

 上司も周りも誰ひとり、由香里の仕事を見ていなかった。誰も効率化なんて望んでなかった。そんな事をしたら、やる仕事がなくなってしまう。望んでいたのは非効率。おしゃべりというコミュニケーションをとりながら、時間をかけて忙しく仕事をしてるフリをする。その方が高評価。大切なのは、自己アピールと自己主張。愛嬌あいきょう愛想あいそよく、上司にかわいがられること。

 それなのに由香里は全て逆をやっていた。評価基準ひょうかきじゅんもポイントもまったさえていなかった。由香里は周りを見ていなかった。空気を読んでいなかった。そりゃリストラ対象たいしょうにもなるわ。

 そんなこんなで疲労困憊ひろうこんばい、会社をめて……。




 

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