第37話

 「まさか退職たいしょくした次の日に、召喚しょうかんされるなんてね。異世界でも、頑張って……」

 由香里は声をつまらせた。アズキたちに背を向けて、げる涙を飲み込む。

「由香里、頑張らなくていいんだぜ。俺もチャシュもアイリスも、由香里に生きてほしいんだ。笑ってほしいんだ。あ、でも今は好きなだけ泣いていいから」

 そう言ってアズキは由香里のほほをペロペロなめた。

 アイリスが静かに部屋を出て行った。アイリスの肩の上、チャシュが長い尻尾しっぽをゆらりとった。

「なぁ、由香里、何かをやらなければならないとか、頑張らなければならないとか、そんな事は考えなくていいんだ。ムリするな。自分を押し殺すなよ。由香里は由香里のままでいいんだ」

 由香里はやわらかなウサギの体を抱きしめて、声を殺して泣いた。

「由香里は楽しく過ごす事を考えればいいんだぜ。本も画集もある。音楽も聞けるぜ。旅に出たっていい。心配しなくても、俺が由香里を守るよ」

 あたたかなアズキの声が、由香里の耳をやさしくなでる。由香里の中で何かがほどけて涙になって流れていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る