第33話

 由香里の両親はいそがしかった。

 共働きの両親は、毎日毎日会社に行って、ストレスいっぱい仕事して、家に帰って、結婚生活、家事、育児。

「お母さんは今忙しくて手がはなせないから後でね」

 母はいつもそう言った。けれど、後はなかった。母はいつも何かに手一杯ていっぱい。由香里がどんなに待っても母の手がくことはなかった。

「いいか、世間せけんきびしいんだ。そんな甘えは通用しない」

 父はそう言って、由香里を抱っこしてくれなかった。由香里は泣きみあきらめて自分の足で歩いた。

 両親なりにそれなりに、由香里を愛してくれたけど、由香里はもっと愛してほしかった。抱っこしてほしかった。手をつないでほしかった。話しを聞いてほしかった。笑ってほしかった……。けれど願いはかなわない。

 妹ができると、由香里はお姉ちゃんになった。

「双子の天使」

 両親はそう呼んで妹ふたりをかわいがった。笑ってあやして 抱っこして、甘やかした。天使は両親に愛された。

 由香里は泣いても笑っても、天使にはなれなかった。何をしても逆効果。

「お姉ちゃんなんだから、もう泣いたらダメだ」

「お姉ちゃんなんだから、ワガママ言わない」

「お姉ちゃんなんだから、自分でやりなさい」

「お姉ちゃんなんだから、ガマンしなさい」

「お姉ちゃんなんだから」

 両親はこの便利なフレーズを使い回した。

 由香里はいい子になった。親の愛をるために、自分を殺して頑張がんばった……。けれど努力どりょくむくわれない。



 

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