第31話

 アイリスが召喚した一人目の女神は、宮殿をこわがった。

「あそこには悪霊あくりょうがいます。とても邪悪で恐ろしい……。私にはわかるのです。アレは私をねらっているのです。お願いです! 私を助けて下さい! 私をあそこから逃して下さい!」

 おびえた彼女は何度も宮殿から逃げ出して、そのたびにつかまって連れ戻された。アイリスは怯える彼女のために隠れ家を用意したが、彼女がそこを使うことはなかった。

 あれほど宮殿を怖がっていた彼女が、宮殿に引きこもりになったからだ。ツガイモも引きこもり、それっきり。何があったのか全くわからないまま……。宮殿の中で全員死んだ。

 女神が死ぬと、宮殿の真っ白な外壁がいへきに赤いすじが現れる。アイリスたちはそれを見て女神の死を知った。血のような赤い筋は、次の女神を召喚するまで消えない。

 アイリスが召喚した二人目の女神は、モルモフを呪った。

「魔女なんか火あぶりにしてやるから! 半人なんて化け物じゃん! キショッ! シッ、シッ、あっち行って、この化け猫! こんな世界、頭がおかしくなるわ!」

 アイリスたちから見れば、女神ほど贅沢ぜいたくな暮らしをしている者はいない。食事も服も何もかも、女神の要求に応えている。女神がこの世界に馴染なじめるように快適かいてきに過ごせるように、宮殿の中も女神の好みに合わせて改装され、最高級の物がそろえられる。いたれりくせりなのに、何が不満なのか? 理解に苦しむ。

「私はね、子供が欲しいの。私を元の世界に戻してよ!」

 それがかなわぬ願いだとわかった彼女は、怒り狂った。

「呪ってやる! テメーら全員、呪い殺してやる!」

 彼女は目をギラつかせ、口から泡をきながらわけからぬらぬ言葉を吐き散らし、奇声きせいをあげて宮殿の中へと走り去り、それっきり。女神もツガイモも出てこなかった……。

 宮殿の中には女神とツガイモしか入れない。アイリスたちには中で何が起きたのかわからない。女神が死んだ事しかわからなかった。

 二人目の死後、アイリスの周りか次々と石化した。

「女神の呪いだ」

「ここにいたら石になる」

 みんな怯えて逃げ出した。アイリスとチャシュ だけが残った。

 女神のいないモルモフに子供は生まれず、死者と石像だけが増えてゆく……。

 アイリスは三人目の女神を召喚したが、彼女は宮殿から出てこなかった。女神もツガイモも宮殿の中にこもったまま、死んだ。

 空は灰色の雲でおおわれ、月も星も太陽も見えなくなった……。石像が、石化した者たちがサラサラと砂になってくずれてゆく……。モルモフの全てが石になり、砂になって死んでゆく……。

 アイリスは四人目の女神を召喚した。

「それが由香里だよ」




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