第23話

 由香里は静かだ。何も言わない。からになったおわんに視線を落としてぼんやりしている。

「由香里、何を考えているんだ? ひとりで考えていても答えは出ないぜ。俺に話してくれよ」

 アズキはベッドに頭を乗せて由香里を見上みあげた。こうするとウサギの時と同じ目線になる。

「それじゃあ、何か質問あるか? どんなことでもいいからさ、何でも聞いてくれよ」

 由香里は躊躇ちゅうちょしていたがアズキにニコニコ見つめられうながされ、ふっと息をいた。

「……アズキを、ツガイモを拾った私が女神に選ばれたのは?」

偶然ぐうぜん。俺もマジで驚いた。女神の条件は健康な女性であること。誰が選ばれるのかは魔女にもわからない」

「そうなんだ」

 由香里は目にかかる前髪を払った。

「……私はどれぐらい眠ってたの?」

「二ヶ月」

「えっ!? そんなに?」

「そのあいだは俺が口うつしでスープをのませてた」

「そ、そうなんだ……」

「髪も体もタオルでいてたからきれいだぜ」

 由香里の顔が赤くなる。

「あ、ありがとう……」

 血だらけの傷だらけ、意識のない由香里を抱くのはつらかった。

「……この部屋、窓がないのに日がさし込んでる。それとも私に窓が見えないだけ?」

「いや、実際じっさいに窓はないんだ。壁自体かべじたいが発光している。外の空気が入らないようにしてるんだ。由香里の体がれたら部屋の外に出られるよ」

「へぇー。そうなんだ」

 由香里は壁に顔を近づけ手でさわり、不思議そうに首をかしげた。

「……でも、外に出たら石になって死ぬ、みたいな事を裸男はだかおとこが言ってたけど? 目を見たら石になる怪物がいるとか?」

「いないぜ、そんなの。怪物でも魔法でもなく石化現象せきかげんしょうだよ」

 由香里の顔にハテナマークがかぶ。セキカゲンショウ、それは何?

「石になるんだ。人や獣や草木や花が全ての生き物が、土も水もモルモフの全てが石になり、砂になる。石化の原因も防ぐ方法も元に戻す方法も不明」

「……そうなんだ。……アズキが私の世界に落ちたのは何年前なの? アズキは今いくつ? ウサギの寿命は七〜八年だけと、アズキは?」

としは数え忘れた。落ちたのは百年ぐらい前だな」

「えっ⁉ ひゃく? 百年⁉」

「俺もチャシュもアイリスも、由香里も歳をとらないぜ。いわゆる不老ってやつ。不死ではないけどな」

 由香里は目を丸くしてアズキの顔を見た。

「アズキは百歳超えてるの?」

「こえてるぜ」

「……そうなんだ。その見た目で、祖父じいちゃんと祖母ばあちゃんよりも年上なんだ……。てっきり私より年下だと思ってた」

「チャシュもアイリスも百歳超えてるぜ」

 由香里の口があんぐりいた。

「あっ、そうだ。アイリスが風呂ふろを用意したんだった」

 アズキが壁をポンッとたたくと、ドアが現れた。

 由香里が驚いて息を吸い込む。アズキが笑った。

「あんまり驚くなよ。心臓に負担がかかるぞ。このドアは消えないように固定しとくよ」

 由香里はおそおそるドアの向こうをのぞいた。

「うわぁ、お風呂だ。広い」

 由香里の声がはずむ。

「そりゃあ二人用だからな」

「ふたり?」

「俺と由香里。一緒いっしょに入ろうぜ」

「ひとりで入る」

 アズキの鼻先でパタンとドアがじた。



 


 

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