第10話

 あれは今から三年前。

 会社の帰り道だった。空も心もどんよりトボトボ歩いていたら、ポツポツ雨が降ってきた。天気予報は大ハズレ。由香里はかさを持っていなかった。みぞれまじりの雨は雪より冷たい。

 はぁ〜ぁ。白いため息が出た。そのため息をかき消すように目の前を、何かがヒュンッと横切って公園の草むらに飛び込んだ! 驚いて足を止めたその前を、今度はリードをつけた犬が横切る! 由香里はとっさにリードをつかんで小型犬を捕獲ほかくした。

 息を切らせて追いかけてきた飼い主に、犬を引き渡す。そのミニチュアダックスフントは、クゥ〜ンとかわいく悲しげに鳴いて甘えて、飼い主に抱っこされて帰って行った。

 外灯がいとうにてらされた誰もいない夜の公園。みぞれまじりの雨の中、草むらで小さなウサギがふるえていた。

 震えるウサギの目の前に、由香里はそっと手を出した。ウサギはフンフンにおいをいでペロッとめた。小さくてあたたかな舌だった。

 このままここに放っておいたら、明日にはカラスの朝食、いやその前に、野良猫の晩ご飯になるかも……。由香里はウサギをそっと抱き上げた。ウサギの体は冷たくて、汚れていてくさかった。

 帰ってすぐに風呂場ふろば直行ちょっこう。ウサギを洗った。

 土やどろにおいは何とか落ちたけど、毛にベッタリついて固まったペンキが、どうしても落ちなかった。ペンキの入ったバケツに飛び込んだのか? 水の代わりにペンキをぶっかけられたのか? ウサギの体中に小豆色あずきいろのペンキがついていた。

 ガリガリにせて骨と皮。……なぜだろう? 洗う前より、洗った後の方が、あわれな姿になってしまった……。

 小豆色のボロ雑巾ぞうきんみたいなウサギは、食べて寝てみるみる元気になった。その色から、アズキと名付なづけた。

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