第12話 妖怪図鑑

 いつものお昼休み、曇り空の屋上のこと。

 「あ、私これから図書室行くね」

 お弁当を食べ終え風呂敷で包みながら、みんなに告げる。湿った空気の中でも、四つ子と小牧こまきといれば楽しい。

 「ああ、今日は借りていた本の貸し出し期限でしたわね」

 「いやなんで知ってるの……?」

 らぶ、手紙の時も思ったけど、やたらとらんが私の個人情報に詳しくないか……?いや同い年の姉妹だし、当たり前と言えば当たり前なんだけど、言った覚えがないのがなぁ……。 

 「はなはよく本借りてるもんなぁ」

 レジャーシートを畳みながら、れんがつぶやく。蓮はあんまり本を読まない。

 「何を借りられてるんですか?」

 「ふふ、よくぞ聞いてくれました!」

 小牧の問いに、大袈裟な前振りを入れる私。

 「ジャーン、これなのです!」

 お弁当と一緒に持ってきていたトートバッグから取り出し、掲げた分厚いハードカバーの本は。

 「「「「妖怪図鑑……」」」」

 四人(半妖三名と妖一名)でハモるというなかなかない事態を引き起こした。

 その後、戸惑った顔を見合わせる私以外。微妙な空気に沈黙が降りる。つまり気まずい。

 「えーっと、何その反応は……」

 「何、と言われましても、ねえ……」

 曖昧に言葉を濁した小牧が、目線だけで蓮に助けを求めたが。

 「あー、俺も図書室行こうかなー」

 助けを求められても微妙な返答しかできないのが蓮である。部下には慕われるほど人望ならぬ妖望?はあるんだけどね……。

 「正直いうと、なんというか、センスが理解できないと言いますか」

 意地悪めの蘭にバッサリ言われてしまった…………。

 「あやかしについての書物なら、隠り世の物のほうが詳しいし正確だと思うんだけど」

 うん、ふじの正論!めちゃくちゃ正論!返す言葉なし!

 「昼休み終わっちゃわないうちに行ってくるねー」

明らかに捨て台詞を吐きながらと逃走しましたとさ。 

 逃走しすぎじゃないか私?


 図書室があるのは第二校舎の三階だ。校舎の間を小走りで駆け抜ける。図書館は人気がないらしく、あまり人はいなかった。

 図書館のプレートの下にあるドアを引くと、紙の匂いに満ちた空気が出迎えてくれた。よかった、いるのはカウンターの男子生徒一人だけだ。図書委員かな?ネクタイが深緑だから二年生か。童顔で、小柄な方だなあ。

 ドアの音で来客に気づいた男子生徒がこちらを向いた。特筆して印象に残りそうにない平凡な顔立ちだけど、瞳の奥に芯の強さを感じた。

 頑固な人なのかな?関係ないけど。

 軽く会釈してくれた。私の容姿に騒がない人は好ましい。

 「あ、あの、これ、返します……」

 すっと妖怪図鑑を差し出す。と、男子生徒は驚いた顔をした。

 あーっ、これ翌日登校したら噂が広まってるやつだっ!!あの美人四つ子長女・華が妖怪図鑑っていう身内からも微妙な反応を受ける本借りてるって!

 一人脳内で慌てるも、男子生徒はすぐに驚きの表情を消すと手早くパソコンで返却の手続きを済ませてくれた。

 「はい」

 妖怪図鑑を丁寧に差し出してくれた。

 「……あっ、はい」

 何も言われなかった……。今だけかもだけど……。いい人なのかな。

 図書室の規則に従って、本を棚に戻しにいく。黒い背表紙に白い文字がくっきりとしている。周りの妖怪系の本を指先で本棚から取り出し、パラパラとめくる。

 一番後ろの貸出表を見ると、五回しか借りられてな……、あれ、五回って借りられてる方なのかな?映像化とか賞とったとかの話題の本は、二列目の表にハンコが押されるぐらい頻繁に借りられてるけど……。

 よく見ると図書館の蔵書になってから結構経った後に何回も借りられてるし……。最初に借りられて一年ぐらい立ってから、間隔開けずに四回も……。

 試しに他の妖怪系の本も見てみると、同じ様に最初が蔵書になってからかなり経っていてーこれは人気ないからだと思われるー最初を除いた四回の間隔がない。返したらすぐ借りられてる。何かの集団かな?例えば、

 ーあやかしが見える人、とか。

 あやかしを見る能力・見鬼の才は近世では希少なものとなりつつある。けれど入学式のとき、わずかながら私たち以外の強めの霊力を感じた。気づいたのは蘭だけど。まぁ学校に数人はいそうだと。

 同じ「あやかしの世界」を共有できる様な人がいるのは嬉しいけど、私たちは命を狙われやすい半妖。仲良くなれるかより、命狙われないか警戒しないとだよな……。

 あーもーだめだめっ!まだ会ってもないのに憂鬱になってどうするの!今は借りる本決めないと!

 ーと言うわけで、また微妙な空気に鳴ることを覚悟の上で、今度は不可思議な現象「怪異」についての本を借りることにする。そこまで時間が豊富ではないので、いつも借りるのは一冊だけだ。

 「これ借ります……って」 

 カウンターに落としていた視線を上げると、黒髪眼鏡の男子生徒と目が合った。

 明らかに、さっきの人と違う。

 ネクタイも深い赤色で、一年生だ。

 ……あーもー私の馬鹿。早く決めなさいよ、人変わっちゃうかもしれないでしょうがー。

 後悔する時はいつも遅いのだ。

 また面倒なことになる……。

 「……妖怪、好きなんですか?」

 「………ぅえぁっ、はいっす?!」

 いや、はいっすってなによ?いきなり話しかけられたからってどもりすぎてしょーが!

 ちょっと前の私!お前のせいで私は気まずいぞーっ!

 「えっと、好きってことかな?」

 眼鏡生徒が首を傾げると、柔らかそうな黒上が揺れた。

 よく見るとこ綺麗な小僧だなー。

 なんで母上じみた感想が出る。

 「まあ、好きです。妖怪とか、怪異とか」

 「そうなんだ……。僕も好きなんだ」

 「えっ、貴方も!?」

 驚きで目を見開く。

 この眼鏡生徒が妖怪好きなことにも、一人称が僕な男子高校生がこの学校に藤以外にいたことにも。

 「あ、あの、なんの妖怪が好きですか?」

 ……いきなり何聞いてんだ私。

 共通の趣味?を持っている人がいて興奮したっぽい。

 あわあわしていると、

 「……そうですか……僕は、白澤はくたくが好きですね」

 「は、はくたく」

 眼鏡生徒がマイナーな妖怪を出してきた。

 「白澤って、中国に伝わる物知りな瑞獣でしたよね。白い体で目が三つから九つあって、角も生えてたりする……」

 「よく知ってますね、マイナーなのに」

 マイナーって知ってて言ったのか。

 因みに白澤は男子生徒にも言った通り中国のあやかしなので、隠世では数が少ない。しかし、中央部の大妖だいよう帝国にはお偉いさんの中にいた気がする。確か名前は、白、しろ……ハク?

 やばい、お偉いさんの名前ぐらい睦月国の姫として覚えておかなきゃなのに……。

 「どんなところが好きなんですか?」

 現実逃避も兼ねて、重ねて眼鏡生徒に聞いてみる。

 「そうですね、物知りなところ、ですかね。ぼくはモノを知るのが好きなので、憧れますね。この図書館みたいなものでしょうか?」

 図書館、か。確かにそうっぽいよな。物知りな人を、歩く辞書とよく表現するし。父上も美容と恋愛以外は何聞いても打てば響くもんな、美容と恋愛以外は。

 「瑞獣って小説読むんでしょうか……」

 ぽつりと呟くと、男子生徒の目が少し見開かれた。驚いた時の仕草だ。

 「どうかしましたか?」

 「……いえ、まるで白澤が実在するかの様にいうのだな、と」

 げっ。

 ち、違うんです男子さん!実在するかの様に、じゃなくて、実在するんです!

 って言うわけにもいかないし、えーっと、こういう時なんていうんだっけ。マニュアル、そうだあやかしが見える的な発言をかましちゃった時の対処法が書かれたマニュアルがあったはず、ええっと。

 「すみません、困らせるつもりはなかったのですか」

 あわあわしていると、眉毛を八の字に下げた男子生徒が謝ってきた。

 あ、そっか。これ、冗談だったのかな。

 わらって、そんなわけないじゃん、非科学的だって、笑い飛ばせばよかったんだろうか。

 いや、出来ないな。

 本当にいるモノをいないと偽って笑い飛ばす様なことは、ただの侮辱だ。半妖として、やっていいはずがない。

 あと、そんな状況察知能力は私にはない。こちとら、腹真っ黒なお偉いさんと上辺だけ綺麗な皮肉の応酬しかやったことないんだ。高度な高校生の会話劇なんぞ、真似できるわけないだろう。

 「貴方は白澤を見たことがあるのですか?」

 「へ?」

 ごちゃごちゃとした頭の中の考えていたことが、一気に吹き飛んだ。

 全く予想していなかった質問が飛んできたからだ。

 「ええっと、見たことない、です……」

 嘘です見たことあります、なんなら話しました、挨拶程度でしたけど。私が会った時には白い絹の様な長髪に三つの黄金の瞳、乳白色の三つの角が美しい人間に近い姿をしていて背丈は高く痩せ型、瑞獣と呼ばれるのも頷ける麗しい容姿を持っていて、声は玲瓏れいろうでよく響く川のせせらぎの様な美声でした。

 って名前忘却してるくせに容姿はかなり覚えてるな!なんなら声まで覚えてたよ、流石瑞獣なだけあるね!

 なんていうわけにいかないけどね!馬鹿でもわかるわ!

 「まあ、そうですよね」

 眼鏡生徒はそういうと、

 「はい、手続き終わりました」

 『日本の怪異と異界について』という、黒いカバーのそこまで分厚くない本を差し出してきた。

 「あ、はい、ありがとうございます……」

 そうだ、私は本を借りていたのだった。

 本を受け取って、小脇に抱えてカウンター前を離れる。

 扉に手をかけて、少し、未練が湧いた。

 くるりと振り返り、眼鏡生徒を視界の中央にとらえた。

 「あの」

 と、口にしたところであることに気がついてしまった。しかし、眼鏡生徒はこちらに顔を向けてしまった。今更、呼びかけをなかったことにするのは無理だ。だから、あらかじめ用意していた質問を放つ。

 「貴方は、白澤は居ると思いますか?」

 なぜこの問いを投げかけたのか。答えはただの好奇心。この少年に、少しの興味が湧いたのだ。人に限らずあやかしも半妖も、珍しくて興味をそそるものに目がないから。

 「……いるかどうかは分かりません。でも、会ってみたいです。いや、会いたい、ですかね?」

 その「会いたい」の響きは、愛しい人に会いたいと神に乞うな響きではなく、会えるのなら早く来い、と挑戦的に投げかけている様な響きだった。白澤に、因縁でもあるんだろうか?でも、好きな妖怪なんだよね……。

 「そうですか、会えるといいですね。では、これで」

 早口めに言葉を連ねると、今度こそ扉を開けて図書館に出た。

 そして、空間把握能力を働かせ索敵し、誰もいないと判断するや否や廊下の窓を開け、一気に飛び降りた。

 そのまま建物の間をすり抜け、たどり着いたのは南にある裏門。ちなみに、いつも出待ちされて迷惑でウザすぎる登校場所は正門だ。裏門を朝使えば良いと考えるかもしれないが、朝は鍵空いてないからね。セキュリティはしっかりしている。人の目があるから門を飛び越えるわけにもいかないし、仕方なくいつも正門から校舎に入ってるわけだ。

 裏門のそばの裏庭にある園芸委員が毎日水をやっている花壇や、農業部っていう野菜とかを育てる部活が作っている畑なんかを抜けると、木に囲まれた少し開けた場所に出る。秋根高校随一の告白スポットである。私も九回ここで告白された。植えて歩きは桜で見頃な季節はさぞ綺麗だろうけど、あいにく今は春の終わりなので、葉桜が茂っているだけである。

 お弁当をこの木の下で食べる人もいるのかな、と思っていたのだが、どうやら今日はいなかった様である。

 なぜなら、木を覆う様に設置された結界の下、神力に食われ消えていくあやかしがいたからだ。その隣には当然、我が妹君がいる。

 「ごめん、遅れた!」

 「気にしなくていいですわ、お姉様。すでに処理致しましたもの」

 葉桜の木の幹にもたれかかり、手をハンカチで拭いているのは蘭。今回あやかしを殺したのは、蘭なのだろう。神力の残り香も、蘭の匂いがする。……なんか変態みたいだ。

 「図書館でゆっくりしてていんだぞ」

 手を挙げて私を気遣ってくれる蓮。それは申し訳ないなぁ。

 「それに、私たちが追い出したようなものですし……」

 少ししょんぼりと視線を下げた小牧が告げてくる。彼女はあやかしがきちんと消滅しているかじっとみていた。私たち五人は、死体耐性が強い。

 「確かに微妙だったけど、もう少し言い方に注意した方が良かったかも」

 藤は謝ってる様で謝っていなかった。いつものことだ。

 「まだ前に襲われてから一週間だぞ、ここんとこ多いな」

 「本当、誰が手を引いてるのか早く調べないと……」

 「式神を作りますわ」

 「うん、そうして。ありがとうね」

 蘭の申し出をありがたく受け入れる。

 式神とは式よりも高度な手下であり、特に良いものでは仮初の命ながら意思も持ったり、長くその形を保てたりする。

 「城に帰ったら早速山に篭りますわね」

 その代わり、作るのに三日間かかり、特別な手順が必要となる。

 「気をつけてね。また誰か襲ってくるかも……」

 「父上のお力があれば大丈夫ですわよ」

 「父上や母上がいてもダメなことはあるでしょ」

 蘭は俯いて黙ってしまう。

 「お姉様、私は強いですわ。絶対とは言えませんが、大丈夫ですの」

 「でも心配だよ……」

 家族が知らないところで傷つくのは、怖いよ。「もしもああしてたら」なんて思うのは、もう嫌なのだ。

 「だったら、いっそ全員で休めばいいんじゃないかな」

 そう提案したのは藤だった。

 「うーん、私たちが不在の間に学校が襲われたらと思うと……」

 「華、お前あんまり馴染んでないのによく心配するよな……」

「ぐふぅ」

うぅ、そうだよね、私以外ちょっと普通ではないけれど話し相手ぐらいはいるもんね、孤立気味なのは私だけですもんね!

 「あ、蓮が言葉の暴力振るった」

 実況いらないです……。 

 「まあ、お姉様ですからね」

 蘭が上げた顔には苦笑が浮かんでいる。

 「華様らしく、お優しいです」

 小牧は微笑んでいる。

 「学校近くの神々の力を借りて、結界を張っておきますわ。今薄く張っているものより、より強固なものを」

 一応、今も蘭の力で結界は張られている。

 「蘭はこの辺りの神様と仲良いんだよね」

 「そこまでではありませんわよ。いつだって一番はお姉様ですわ」

 「ありがと、嬉しい」

 「あの!」

 方向性が決まったところで、小牧が手を挙げた。

 「そろそろ授業が始まる時間です。お戻りください、ここは私が見ていますから」

 「助かる小牧、また放課後に屋上で」 

 蓮の一言で、小牧を残し私たちは解散した。

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