第11話 修復と襲撃

 「いつまでぼーっと手を取り合ってるんですの?早く修復、善は急げでしょう」

 もう、らん。折角良いところなのに……。

 「あっ、そうでした!」

 パッと慌てて手を離す利平りへい。やっぱり素直ないい子だね、ふふ。 

 利平は小走りで焦げた地面へと向かう。

 うー、我ながらやりすぎた気がする。

 「では、陽の気を持つはな様の霊力を感じながら、霊力を一点に貯めて、共振させて霊力へと転化させて……」

 「はじめに霊力を貯めてから華様の霊力感じた方が成功しやすいですよ」

 「ありがとうございます師匠!」

 利平が腕を伸ばして虚空を掴む様にすると、じわじわと空気中の霊力が掻き乱され始めた。利平の掌を中心に、霊力がぐにゃり、と曲がり、集まり始めていく。属性も陰陽もないまっさらな霊力は、真白の色をしている。

 雪の様に淡いその色を確かめながら、利平がこちらに緊張した眼差しを向けた。私が強く頷き返すと、利平は顔を真っ赤にした。何回目かなぁ!

 まあ、それは放っておこう!もうどうにもにもならないし!それよりも!

 利平が霊力感じやすい様に、陽の気貯めとかないと!

 霊力は他人に可視できる様に貯める場合と、体の一部に集中して貯める場合がある。私は利平が感じやすい様に、左手に自分の陽の気を貯めていく。

 やがて真白の霊力は明るい太陽の様な橙色に染まっていく。治癒の力、陽の気だ。

 「わっ」

 短く驚きの声を上げつつ、利平は掌中の珠を包む様に、優しく暖色の力を高めていく。

 「おお、いいですね!では、次に霊力を土にかざしてください」

 「はい!」

 暖かな橙色の霊力を焦げた地面にかざすと、霊力が地面を覆うように変化し、みるみるうちに焦げ目が治り、凹みが治り、元どおりの地面になっていく。

 これが、人智を超えた力、霊力。霊力を行使してなす技を霊術と言い、隠世は霊術とあやかしの生命の源である妖力を用いた妖術が盛んな世界だ。

 「出来ました!」

 「やりましたね、一番弟子!」

 利平と小牧こまきはノリで握手してブンブンしてる。微笑ましいなぁ、ニコニコ。

 「何してるんだい?」

 そこへ、今朝聞いたような温度の低い声を耳が拾った。

 「ど、どうしたのふじ。なんか苛ついてるの、目以外しか笑ってなくてちょっと怖いんだけど……」

 俊速で振り向くと、そこにいたのは冬の如き寒い笑顔を振り撒く我が弟・藤である。本当、我が弟ながら何考えてるのかわからない……。

 「そうですわよ、どうしましたの?蓮との模擬戦は作戦勝ちしていたではありませんの」

 あ、藤勝ってたのね。気づかなかった。

 藤は武力的には四つ子の中で一番弱いのだけれど、戦術を立てて相手を欺く知能はであり、単純な暴力戦以外は勝てたことがなかったりする。影の実力者って感じ。いや、実力隠してる訳じゃないんだど。

 「小牧、ちょっといいか?」

 おい、姉二人は無視か。

 「はい、藤様」

 次の瞬間、小牧が藤の隣に降り立っていたので、利平は目を白黒させていた。素早さに感すると、流石狸のあやかしなだけあって小牧はかなり秀でたりする。

 なんて思ってるうちに、2人は城の方へ移動してしまった。多分、人間の目には見えないくらいの速さだと思われる。

 「何か用事でもあったのか?」

 小首を傾げたれんが近づいてきた。肩には大鎌を担いでいる。利平がギョッとしている。かなり厳ついもんねー。

 「また内通者でも見つけたのかな?」

 「幾ら何でも一日三人目は嫌ですわ」

 蘭がゲンナリしてる。ほんと、鬱陶しいよね。

 「あのー、内通者って多いんですか」

 利平が恐る恐る尋ねてくる。

 「ええ、ひどい時期では一日に三人ほど」

 「いくらなんでも酷すぎますよ!」

 「それだけ半妖って存在は目障りなのよ」

 「でも……」

 納得がいかないらしい利平が食い下がる。純粋でまっすぐで、いい子で……羨ましい。

 「大丈夫だ。俺たちは自分たちに害をなす奴らを許し端ねぇ。安心しとけ」

 蓮が人懐っこく利平の頭を撫でるとにかりと笑った。

 ああだから、みんなから慕われてるんだよなぁ。私が微笑んでも殺戮兵器にしかならん。健全な笑みが欲しい。

 「さあさあお姉様、そろそろ手紙を燃やしませんこと?」

 「えっ、蘭も燃やすの?」

 「当たり前ですわ!」

 わいのわいの。平和に午後は過ぎてゆく。

 *

 暗黒色が太陽の光を塗りつぶしたかの様な、闇に沈んだ夜半。睦月国の首都であるが為、一重の都はあちこちに灯篭がほのかに照らす夜の蝶の巣と化していた。

 あやかしは生来、闇に生きる夜のものだ。それはこの隠世でも例外はなく、明かりさえ届かぬ黒に染め上げられた裏路地でさえ、明るい声がそこかしこに響いていることだろう。

 睦月城も言わずもがな、灯を最大限落として本来の居場所を慈しみ、仕事や趣味に励んでいた。

 私とは言うと、天守閣で時間外労働に勤しんでいた。

 「主人は誰?」

 静かに問いかけても、人型は答えやしない。仕方なく、鳩尾みぞおちに右の拳を叩き込んだ。人型は堕ちれば即刻地獄行きの欄干に叩きつけられる。締まりなく口が開き、黒頭巾が外れる。丁度よく差し込んだ月光が、怪しく人型の顔を白日に晒す。いや、日じゃないから白月?まあ、どっちでもいいか。

 顕になった顔は一見、少年のもので若かった。しかし、あやかしにおいて年齢を外見で判断した場合、とんでもないことになるのでやってはいけない。小牧は中学生ぐらいにも見えるが私たちより上の二十歳越え。母上に至っては五世紀越えだ。

 人型ー人の形を取らされ、薬物で無理やり体を変えさせられた哀れな暗殺者は、風になびく髪を押さえつける私を目一杯の狂気を宿した瞳で睨んできた。ので、私が最上級の殺気を湛えた瞳で返してやると、びくりと体を震わせた。一筋の汗が、不気味なほど青白い額をすっと流れた。

 「もう一度聞くよ。あなたを暗殺者として私の部屋に送り込んできたのはだあれ?」

 かちゃり、わざわざ自室から持ってきた花鳥を喉仏のある位置に突きつける。反対の右手の方は、霊力で強化した手刀を心臓の前に構える。下手な動きをすれば、喉と心臓を同時に突き刺され、ひどい苦痛の中陰の気を放ちながらお陀仏だろう。御愁傷様。

 「あ、安心して。大丈夫、私は武の腕には絶対の自信を持ってるから。一突きで閻魔様地獄の王に会える様にしてあげるよ。ーそうなりたくなかったら、早く」

 囁く声は雪よりも冷たく、魔物より恐ろしく。だってここは北の国。冬は一日中湖が凍り、軒先に氷柱つららがぶら下がる寒い国。私たちは火の鬼だけど、心頭滅却すれば日もまた涼し、というし。

 感情を作るのは簡単だ。この世の中には起こる事が多すぎる。罪なき子供をさらって暗殺者に仕立て上げて、罪を重ねさせていく。そんな行いをする奴はこの世にいる価値はないと心底思う。だから、だから。あなたの主人を、殺すために。

 

 「主人の名を、言いなさい。名もなき暗殺者さん」


 「嫌だ!」

 「あれ、主人が憎くないの?主人のせいでこんな目にあってるのに?」

 「悪いのは、お前だろう!憎き人間の姿でありながら、あやかしに寄生する半妖め!」

 ああ、殺意さえ落ちそうだ。ただでさえ冷ややかな瞳から、さらに感情が抜けてしまうじゃないの。

 「やめてよそんなこと言うの。命削るよ?」

 「五月蝿い隠世の害悪が!死ね!」

 人型は腰から暗器の小刀を取り出し、首元目掛けて刺そうとしてくる。

 ー事などない。

 右手が動いた瞬間、花鳥は凶器を振るった。

 鮮紅は闇にまみれ儚く黒黒く。飛び散る赤い花は肌にまだら模様を落とし。

 「ぐわぁぁっっ」

 人型は残った左手で空洞を抑えた。

 木の板の上にごとりと落ちた右腕は、血肉の中に白い骨を混じらせている。我ながらよく切れたなぁ。断面綺麗。

 「大丈夫でしょうか?」

 ふわり、空気が揺れた。先程まで凪いでいた隣には茶の髪を二つに結い上げ、紙紐の先を揺らした小牧がいた。着ているのは黒い小袖で、見なくても気配で数多の暗器を身体中に身につけた、いつもと変わらぬ姿であることがわかる。鬼の血を継ぐ私も、空間把握能力はずぐれているのだ。

 ……まあ、獣のあやかしたる小牧には負けるんだけどね……。

 私が寝首を掻き切ろうとしてきた暗殺者に気付き、わざと天守閣におびき寄せて襲ってから三分ってとこか。早いなぁ。

 て言うか、母上気づいてるよね?そっちにも暗殺者行ったのかなぁ。

 「主人の名は言わなかった。齢は不明。性別は男。種族はてん。森の方から来たっぽい。見ての通り、右肩から切断。復活はすると思う。尋問かけて吐くかは微妙」

 「御意」

 短く答えた元暗殺者の狸のあやかしは、現暗殺者の貂のあやかしを引き摺りながら去っていった。

 とりあえず天守閣から飛び跳ねて、井戸のある水場へと向かう。木下で月光に遮られた闇の中虫の音がする温かみを増してきた春の半ば。

 滑車を動かし桶の水で花鳥を洗う。鈍く輝く銀色の刀身を寝巻きの懐から手拭いを取り出し、軽く拭く。ついでに腕も拭く。拭きこぼれた赤い血の筋が肌につく。

 「悪いな、虫がそちらに行った」

 「大丈夫ですよ、母上。あなたの咎ではありません」

 「そういった趣旨の発言をしているわけでは無いのだが……」

 「分かってますって」

 月を背負ってひっそり現れた紅の鬼は、夜闇に見ると大変鬼らしく、肝の弱い人間が一瞬でも見れば気絶し惚れそうなほど気迫凄まじく絶世の美女だった。

 「私の寝巻き、返り血ついてませんかね?」

 「ちらほら散ってるぞ。顔と髪にも少し」

 「えっ」

 どうしよ、頭から水かぶって服着替えたほうがいいかな?

 「今頭から水かぶって服着替えようと思っただろう」

 「母上って読心能力まであったんですか」

 「母親能力だよ」

 「凄いですね!」

 「取り敢えず拭け」

 母上が差し出した手拭いを受け取ると、井戸の淵に腰掛け頭を拭く。

 「すまんな。我がまだ、睦月国の不穏分子を排除できていなくて」

 「ああいう奴らはいくら潰しても湧いてきますからね。主人がわかったら潰してきます」

 「不要だ、佐助か小牧に頼む」

 「……何もしないのは、落ち着きません」

 私が娘だからか。まだ成人していないからか。そんな理由で、私を使うことを、闇の中で暴れさせることを、躊躇わなくていいんですよ、母上。

 「そろそろ寝ろ。明日も現世だろう」

 「最悪サボりますよ」

 「サボるにしても寝ろ。寝ないと体力つかないぞ」

 「……分かりましたよ」

 知ってる。母上が私に汚れ仕事をやらせないの。でも、虫は綺麗な花にたかってくるの。落ちてからじゃ、遅いから。私は、やっぱり戦う。人殺しになったとしても。

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