第10話 炎の模擬戦

 「ほっ」

 次の瞬間、地面から遠く離れた空中で、私はらんが放った霊力を花鳥かちょうで叩き落とし、反対に風月ふうげつで霊力を放った。

 それを予想していたように蘭は体をひねって避け、霊力を凝縮して作った矢をほぼ同時に三本飛ばしてきた。

 「お、早くなったねー」

 「お姉様ほどではありませんわ」

 それを花鳥で今度は、跳ね返す。跳ね返った矢は蘭の紫電しでんをかすり、蘭は地面に着地した。蘭に直撃しなかった矢は、地面を一瞬で焦がした。

 「えげつないなぁ、相変わらず!」

 でも、遅いのよ!

 地面に着地するかしないかで再度飛び跳ね、蘭との距離を一気に縮めた。顔はすぐ近く。矢は、長距離戦のみで活躍する武器だから。

 しかし、蘭はそれを予期し、紫電を構える。かなりの至近距離で放たれた霊力でできた矢を、今度は風月で地面に叩きつけ、無力化。

 次に花鳥を構え、思いっきりのどめがけて、切る。霊力を込めずに放った日本刀を、蘭は紫電で受け止めた。

 蘭の紫電は神木でできた弓。神力を下ろすのに向いていた。しかし、今使っているのは霊力。攻撃向きな力だ。しかし蘭は、神とアクセスし器となる紫電に神力を貯めると、火力を放ってきた。

 うわ、模擬戦で神力使われるの一週間ぶりじゃない?

 さらに素早く、地面に結界を展開し、蘭の視線が高くなる。しかし私は、見下ろす結果となる前に火力を陽の気を込めて霊力を放ち、再度無力化した後、後ろに高く飛んで距離をとる。

 本当はここは、距離を積めるところだろう。

蘭にとって中距離戦闘は有利だから。

 けれど、私は距離をとった。なぜか。 

 こうする、ためにっ!

 花鳥に大量の霊力を蓄えると、片手で思いっきりぶん投げた。

 ぶん投げられた花鳥は、まっすぐ蘭の元へ直撃した。

 ものすごい音と共に放たれた日本刀により、蘭の周りの地面が抉れた。爪の後のように、地面に深く溝が発生する。

 蘭はというと、瞬時に結界を展開し、攻撃を受け流していた。

 「お姉様こそえげつないですわよ」

 蘭は結界を解かないまま紫電を構える。その間に今度は風月をぶん投げた。実は、花鳥に霊力を貯めている間、風月にもためていたのだ。霊力が豊富な私だからこそできる戦法である。

 普通のあやかしなら、刀一本に手榴弾以上の殺傷力を持つ霊力を注いだらぶっ倒れていただろう。

 さらに、花鳥を投げてからになっていた左手に霊力を凝縮していく。高温度の火の玉が出来上がった。

 それを、躊躇いもなく風月と同じ位置に投げ込んだ。

 ものすごい熱風と共に、火の玉が突っ込んでゆく。

 蘭の結界は、風月をも受け流していたが、流石に火の玉までは防ぎきれなかったらしく、あちこちがピシ、ピシとひび割れ始めている。

 蘭は結界を捨て、思いっきり垂直飛びした。

 でもやっぱり、早さだと私には敵わないんだよね!

 その頃にはもう、私は結界に弾き飛ばされ転がっていた花鳥を拾って、蘭の背後に高く跳躍しまわっていた。

 「よっ、と」

 呟きと共に、両手で握った日本刀は、蘭の首に届いていた。

 同時に、背後に張っていた結界に、蘭が出していた私のものよりは小さいが威力は抜群の火の玉が突っ込んできていた。

 いやー、結界張っといてよかったわ。

 蘭と共に、ジュージュー焼き焦げる真っ黒な地面の近くに降りる。

 「……負けましたわ」

 振り向いた蘭は、唇を尖らせながらも晴々とした表情をしていた。

 「やったね!」

 私はその場で右手を挙げた。

 そして、焦げてクレーターみたいになった地面をなるべく見ないようにしながら花鳥と同じく吹っ飛んでいた風月を拾った。

 「ただいまの勝利、華姫様!」

 離れたところで見守ってくれていた佐助が高らかに言った。

 周囲で湧き上がる歓声。私たちの戦闘を初めて見た新兵は、今だに呆然としていた。

 まあ、結構荒い上にすっごい霊力無駄に使ってるからね。でも、実はまだかなり霊力余ってるんだよなぁ。

 発散させないとね、やっていけないのですよ、ストレスを!ストレスを!

 現世の学生生活はストレスが溜まるのですよ!

 「まったく、かなり霊力を消費しましたわね。戦闘の途中で刀を投げる技はいつもやってますのに、今日は避けきれませんでしたわ」

 周りの人が驚かないのは、見慣れているからだ。いつも私はこんな感じで、早さと圧倒的な霊力の量で、蘭は繊細で霊力のこもった技により、戦っているのだ。

 「あ、あの、華姫様、蘭姫様」

 パンパンとスカートについた砂を払っていると、利平りへいが近づいてきた。手には、私の鞘と蘭の矢筒やづつが握られている。

 「わざわざありがとう」

 にっこり微笑みにこの鞘をうことると、利平がそっと赤面して顔を逸らした。

 ……もう仮面かぶって生活しようかな?

 「ほら、そこ。早く矢筒を渡しなさいな」

 キツめの蘭の声に我に帰った利平は、慌てて矢筒を差し出した。

 「ちょっと、もう少し優しくしてあげてもいいんじゃない?」

 「何戯言行っているのですか!この小僧は恐れ多くもお姉さまの笑みを頂戴したのですわよ!万死に値しますわ!」

 「色々暴論だなぁ!」

 思わず突っ込む私。不機嫌な蘭。オロオロする利平。

 「うわ、今日も派手にやったなー」

 そんな時、訓練場に現れた白の上衣に紺の袴。道衣を見に纏うヤンチャそうな美少年は、クレーターを見て苦笑いした。

 「あ、蓮!ちょっときて!なんか蘭がおかしいの!」

 「え?蘭がおかしいのなんていつものことだろ?」

 え?蓮今なんとおっしゃいましたか?

 「うわぁ、今それをいうかな?」

 「とりあえず、土属性のものに地面の修復を頼まないと」

 私が衝撃的すぎて固まっているうちに、蓮と同じく道衣を着た藤と、先ほどと変わらず小袖姿の小牧がやってきた。

 「え、あ、うん。うん、そうだね。うん、利平、あなた何属性?」

 まだ完全に回復していないので、不自然に謎の相槌を打ちまくってしまう私。

 「え、っと、土属性ですが……」

 目を回しながらもきちんと答えてくれる利平。いい子だなぁ。

 「よりにもよって、この者が……。とりあえず、佐助の元に向かいなさいませ。あなたには、お姉さまが穿うがった地面を修復するという、尊き任務を与えてやります」

 「すっごく上から目線……」

 「いつものことだよ、放っておきな」

 「あのー、華様?いつまで固まっていらっしゃるのでしょうか……?」

 蓮の呆れ声、藤の冷たいつぶやき、小牧の心配するような言葉が連続して降りかかる。

 利平が慌てて佐助の元に走って行ったあたりで、ハッと私は覚醒した。

 「ごめん!ちょっとぼーっとしてた!」

 四人に見ればわかる報告をしながら、背中で揺れるポニーテールを作る紙紐を解く。ストンと、かなりの重量になる黒髪が落ちた。

 「で、蓮。さっき言ったことはどう言う趣旨でして……?」

 できる限り目を怒らせ、できる限り表情筋を笑わせる。

 「あ、華さんが怒ってる」

 「華さま表情作るのお上手ですねー」

 どこまでも他人事な藤と小牧は放っておいて、ツカツカと蓮に近づいてゆく。

 至近距離で見る蓮の顔は、やはり蘭と藤と母上に似ている。つまり私とも似ている。ツンツンとしたくせ毛は父上譲り。私のふわふわしたくせ毛も父上譲り。

 「いや、蘭が華が関わると色々おかしくなるのは日常茶飯事だろう?」

 「だからってお姉さんをおかしいとか言っちゃいけません!」

 「それに関しては謝るよ、蘭に」

 ここでちゃんと蘭にって言えるのが、蓮のいいところだ。

 「あのさ、蘭、蓮が」

 「何をやっているのですかお前は!チンタラしていないで霊術で地面を直すんですのよ!」

 「そんな高度な術できませんよ!」

 蘭がげきを飛ばし、利平が悲鳴をあげていた。

 「「 ……」」

 妹(姉)がこんなことしてると、世の中の姉(弟)はどう思うんだろう……?

 「……あ、藤。一緒に模擬戦やらないか?」

 「いいよ。武器はあっちの長椅子に用意されてるみたいだし」

 スタコラサッサと逃げていく蓮。裏切ったな蓮!あと楽しんでるな藤!

 いいもん!こっちだって勝手にしてやる!

 「小牧!二人で利平に術教えようよ」

 「勿論です!人材育成に力を注げば、薔薇姫様と夕海様の負担も減りますし」

 ……あー、そこまでは考えてなかったかなぁ。若干気まずい。

 「あのですねぇ、修復の術は、繊細にして大胆なのですわよ。土属性の霊力を一点に貯めて、それに陽の気を加えて……」

 「抽象的すぎてわかりませんし、僕人間ではないので陽の気は使えませんよ」

 「そんなことないよ」

 ばっと、蘭のアドバイスに辛口コメントを寄せていた利平が勢いよく振り返った。

 「ええっと、それはどう言うことで……」

 顔を桃色に赤らめ視線を彷徨わせる利平。

 ……あー、フード被りたい。なんでもいいから顔隠したい。

 「確かに利平は土属性で鬼ですから陰の気を持っていますけれど、空気中には陽の気の元ありますし、ここにいる半妖の華様から陽の気を分け与えてもらうこともできますよ」

 再び半目になった私を放っておいて、小牧が解説してくれる。

 「あの、すみません小牧様。僕、まだここへきたばかりで、属性とか気とかよくわかっていなくて……」

 「利平ってどこから来たんですの?」

 「大妖帝国からです」

 「あの辺りの新兵と同郷ですね」

 小牧が指を刺したあたりには、物珍しげに蓮と藤の模擬戦を眺める鬼の兵たちがいた。

 

 あやかしの世界・隠世には十三の国がある。

 鬼のあやかしの国・睦月むつき国。

 鳥のあやかしの国・如月きさらぎ国。

 猫のあやかしの国・弥生やよい国。

 狐のあやかしの国・卯月うつき国。

 狸のあやかしの国・皐月さつき国。

 水のあやかしの国・水無月みなずき国。

 蛇のあやかしの国・文月ふづき国。

 獣のあやかしの国・葉月はづき国。

 犬のあやかしの国・長月ながつき国。

 天狗のあやかしの国・神無月かんなづき国。

 氷のあやかしの国・霜月しもつき国。

 付喪神のあやかしの国・師走しわす国。

 この十二の国は、隠世最大の国を囲むように配置されている。

 それが、大妖帝国。

 隠世の最高権力者「妖帝」を要する隠世始まりの地。

 そこから利平はやってきたらしい。

 「帝国の教育水準は高いと思ってたんだけど……」

 「僕は貧民街出身でして……」

 「そう。でも佐助の下にいるってことは、読み書き算盤はできるのよね?」

 「母に教わって……」

 「なるほどね。睦月城には教育機関もあるから、是非とも通ってね!」

 「塾の宣伝みたいですわね」

 話し込む私たちに、遠慮なく蘭が突っ込んでくる。

 「お前、お姉様は私のものなのですのよ?」

 「いや違うよ」

 「だからお前はお姉様と話し込んではいけないのですわよ」

 「だから違うからね?」

 心配になって二度口を挟んでしまった。冗談だろうけど、念のため。

 「ええっと……」

 「はいはい、そうですわよ、お姉様の言う通りですわよ、違いますのよ」

 利平の戸惑いを、蘭が残念そうに遮る。残念そうに……。

 「ふう、早く修復を行わないといけないと言いますのに……。手短に解説してくださいまし、小牧」

 「自分で説明しないんですねぇ」

 呆れながらも考えるように指を頭に充てる小牧。この二人の主従関係は良好だ。

 「では、解説を始めます。利平、あやかしや人間が使う術の源の力は、三つあります。なんでしょう?」

 「妖力、霊力、神力ですよね」

 それまで戸惑っていた利平だが、質問が出ると即答した。いい反射力。

 「はい。では、それぞれの力の特性は?」

 「妖力はあやかしだけが使用することのできる、枯渇すると命を脅かす重要な力。霊力は、人間でもあやかしでも触れなくても感じ取って使え、攻撃性が高く命は基本的に削られない力。神力は、生まれながらにして持っているのは神だけで、他のあやかしや人間は神への奉仕によって獲得でき、霊力よりもより強固な防御術を作ることができる力、です」

 お、結構知ってるなぁ。

 「まあまあ、と言ったところでしょうか」

 厳しっ。

 「では、それぞれの力は、どこに宿るのでしょうか?」

 「妖力はあやかしの血に、霊力は多かれ少なかれ森羅万象すべてのものに、神力は神とその下僕たる信徒に、だと」

 「ええ、そうですね。妖力、神力はあっています」

 「霊力は違うんですか?」

 「はい、霊力はものだけではなく、空気にも宿ります。あやかしが現世より隠世の方が過ごしやすいのは、空気中の霊力の濃度が現世よりも濃いから。逆に、あやかしが現世の人間には見えないのは、現世の霊力の濃度が薄いからです。人間のあやかしを見ることのできる見鬼の才は、高い霊力が集まることによって生まれるのです」

 「そうなのですね!僕は現世に行ったことがないので分からないのですが、やはり現世は過ごしづらいのですか?」

 結構知識欲のあった利平が質問を返す。

 「まあ、多少の圧迫感はありますね。人間たちに認識されないのも慣れないうちは戸惑いましたが、慣れればさほど気にならなくなりました」

 「そうなんですね……って、すみません、話を逸らしてしまって」

 「全くですわよ、小牧、続き」

 蘭が小牧を急かす。相変わらず上から目線で可愛げない……。

 「はい。霊力には、全部で七種類あります。属性で五行である火、水、木、金、土、陰陽の陽の気、陰の気です」

 蘭の態度はいつものことなので、気にせず話を再開する小牧。

 「あの、五行というのは……」

 「五行とは、古代中国が発祥とされる、万物を五つの属性に分ける思想です。霊力の属性は、これが元になっているのです」

 「なるほど……」

 ああ、利平くん素直で勤勉ないい子……。

 「霊力はこの七種類のうちどれかに転化させることで実体化するのですが、この属性と陰陽にはかすかに違いがありまして。普通、一塊の霊力は一種類にしか転化することしかできないのですけれども、属性のうち一種類、陰陽のどちらか一種類だと、重ね合わせて使うことができるのです」

 「それは知ってます。陽の気だと力を増幅させ、陰の気だと一塊の霊力の破壊度をあげるんですよね。陽の気は単体で使うと、癒しの力にもなるんですよね」

 他にも、神力も癒しの力を持っている。陽の気と神力の合わせ技だと、かなりの傷でも癒すことができるんだよねぇ。

 「その通りです。では、先程、霊力はこの隠世の空気中にふんだんにあると言いましたよね」

 「はい」

 「では、この空気中の霊力を、どうやったら陽の気に転化することができると思いますか?」

 小牧の問いかけに、利平は少し考え込んだ。

 「普通、霊力を転化するときは、自分の中の霊力と共振させるんですよね。だから、もともと自分の中に生まれつきある属性や陰陽の霊力しか作り出せない……」

 さらに黙る。こういう沈黙は好き。

 ……後ろの模擬戦の戦闘音や、雄叫び声がなければもっといいんだけど……。

 「そういえば最初、従者様は空気中に素はあるとか華様から分け与えて貰えばいいとか言って……、……あ、華様の霊力を感じ取りながら空気中のまだまっさらな霊力を貯めて、それで共振させる、とか?」

 「正解です、我が生徒!」

 「ありがとうございます、師匠!」

 ばっと先程出来たばかりの師弟は手を取り合った。

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