第9話 訓練場へ飛ぶ
長い廊下に、永遠に続くかと思われる襖。隣り合ったこの座敷が、私たちの自室だった。
手前から、私、
ちなみに、
睦月城は五層九階建て、地上七階、地下二階のとても大きく豪華絢爛な平城だ。四百年年前、母上がここ睦月国を平定したときに建てられたという歴史の長い、
それはさておき。
「あのー蘭さん、いつまで腕絡めてるの?」
蘭が離れてくれません。
「ずっとですわ!」
「あのー、これから私たち着替えるしー」
いつものことかと、呆れながらも部屋の前で待機したままの弟たちが目に入る。
「私も一緒に着替えますわ!」
「いや、無理だって。とりあえず腕は外して……」
「い、や、で、す、わ、っ!」
「ふぐっ!いきなり飛び付かないで」
……うー、めんどくさいなぁ。
でも、無視するのもなぁ。
「うー、わかった。じゃあ、練習はやめて二人で宿題でもする?」
「それは嫌ですわ!今日もお姉様の勇姿をこの目に焼き付けたいのです!」
「その勇姿を見るには、着替えなきゃでしょ?」
「制服でもできますでしょう?いや、待ってくださいまし。ああ、いいですわ、風になびくセーラー服を纏い、日本刀を振り回すお姉様の姿。いい!いいですわ!今日はそれで行きましょう!」
ぎゃあ、なんかめんどくさい方向に行っちゃってるぅ!
でも、今日は、今日くらいは、可愛い可愛い妹の言うことを聞いてやってもいいでしょう?
「……わかった。じゃあ、このまま訓練場に行こう……」
「わーい、ですわぁ!」
ランは高々とガッツポーズを掲げる。もちろん、腕組んだまま。
私は襖に手をついて落ち込み中。
もう、なんで押しに弱いのよ、私……。
「じゃあ、戻るのめんどくさいから最短で行くよー」
「わかってますわーっ!」
……まあ、蘭が元気ならいいか。
「と言うわけで、私たちは先に行くね」
「おー」
「行ってらっしゃい」
弟二人離れてるから返事が軽いもんだ。変わったりついてきたりしてくれないのね、姉さん寂しい。
なんて冗談を考えつつ、腕を組んでいない方の手で、私の自室の襖を開けた。
八畳間の自室には、右端に
奥は窓になっていて、破れていない綺麗な障子が連なり、その下に文豪が使っていそうな低い文机。濃い茶色の優しい木目をした机の上には、文鎮で止められた紙束と、筆立て、固形のすみ、硯が整然と並んでいる。
理想的な和風の自室だ。
……山のように並ぶらぶ、手紙の入った段ボールがなければ……っ!
「どれだけ貯めてるんですのお姉様。やはり、ここで燃やした方が……」
蘭が腕を組んでいない左を掲げると、手の甲を中心に霊力が凝縮されてゆく。
「ちょ、まっ、燃やしちゃダメ!」
「こちらの箱は、もう読んで返事をしたものでしょう?なら、よくないですの?」
「良くありません!」
……と言うか、なんでこのあたりは全部読んでるって知ってるんだ?うん、深く考えないようにしよう、そうしよう。
「でも、このままでは溜まる一方でしょう?さっさと処分しないと、霊的にも良くありませんし。お姉さまは、
「……う」
感情、特に恋情が詰まったものは、霊力が高くなることがある。
モノの霊力は持ち主によって変化し、大切に使われれば有名な妖怪・
ここにあるのは、全て、私へ当てた恋情が形をとったもの。恋愛は素晴らしい。母上と父上を見てきた私たちは、そのことをよーく理解している。
しかし、この容姿だ。やはり、恋情を向けられやすい。そしてその感情は、必ずしも綺麗なものとは限らない。
実際、この紙の山が怨霊とかしたことは結構ある。だから私は、らぶ、下駄箱に入ってる系の手紙が嫌いだったりする。
「でも、逆に燃やしたら恨み募りそうじゃない?それで陰の気が集まって、人間から鬼になってしまった人もいるでしょ?」
霊力は主に二種類ある。陰の気と、陽の気。陰の気は主に男性やあやかしが有し、陽の気は女性や人間が有することが多い。ちなみに私は陽の気。蘭は陰の気。蓮が蘭と同じ陰の気で、藤は私と同じ陽の気。私は実際は、陰キャなんですけどね……。
陰の気は、負の気。つまりは、悪い影響を持つ霊力だ。恋情は拗らせると陰の気となり、さらに大きな厄災を呼び寄せてしまうのだ。
「でも、お姉様が有しているのは陽の気でしょう?燃やすときにお姉様が霊術を組み込めば、陰の気を絶やすことは簡単でしょう。私たちは、ただでさえ破壊しやすい霊力を持っているのですし」
「まあ、そうなるね……」
私たちが持っている霊力、火炎の力。属性は陰の気、陽の気で実力差が出る、みたいなことはない。そのため、私と蘭の霊力の力の差はほぼない。
「はぁ……。気が進まないけど、訓練終わったら燃やすか……」
若干憂鬱になりつつ、腕を組んでいない方の手で窓を開ける。
爽やかな春風が畳を駆け、頬を撫でる。遠くの山並みに見えていた桜はもう葉っぱが青々としている。
「ひょいっと」
つぶやきつつ、私たちは全開にした窓枠に飛び乗る。掛け声はいらない。相手の癖も、呼吸も、歩き方も。全て、熟知しているから。
その勢いのまま、飛んだ。いや、落ちた。六階から。
すぐさま迫ってくる、深い青色の反りだった瓦屋根。端で飛ぶ。目線が一瞬高くなり、体が浮遊感で軽くなった気がした。
たん、たん、たん。
それを無言のまま三回繰り返す。もちろん、しつこいほど腕は組んだまま。
無事に三層を飛び終え、地面が近づいてくる。しかし、城は高い位置に立っているので、城下町を歩く鬼たちは、相変わらず小さく見えたままだ。
本丸を取り囲む、塀に取り掛かる。層と同じ青色の屋根に白い壁をしている。白い壁には、四角い穴がくり抜かれている。籠城戦の時、隠れてで攻撃するための穴だ。
それを刹那ほどで視界の端に捉え、屋根を蹴り、駆けるのではなく、その場で軽くジャンプして、一足飛びで端まで飛ぶ。
それを三回繰り返すと、城の三の
訓練場の広さは、高校のグラウンドより少し大きいぐらい。端の方にある武器蔵には、数多の殺戮兵器が閉じ込めてあるとかないとか。
兵士の雄叫び響く汗臭い模擬戦場では、六組ほどの兵たちが、槍と刀、大鎌と短刀、
これは、いかなる状況下でも戦えるようにと言う、母上の政策だ。
「よっと」
依然として腕は組んだまま、訓練場の端っこ、休憩中の兵士たちが模擬戦を眺めているあたりに着地した。
その中には、佐助もいる。そばには、さっきの栗色の着物をいた忍びみたいな子もいた。
「ふぅ、今回の飛行も楽しかったですわ」
「いや、飛行っていうほど大袈裟な物のじゃないでしょ……」
なんて感想を呟きつつ、佐助に近づいていく。
「来たよー、佐助」
「武器くださいましー」
「はーい、ーって、姫様型!?思ったより早いですね!?と言うか、現世の
「蘭が腕離してくれないからー」
「早く練習したかったのですわー」
おい、捏造するんじゃない。
「あのさ、訓練場ついたんだからいい加減腕離してくれない?」
「………………はぁい」
ものすごく名残惜しそうに腕外された。
「ほれ
「はい、これで、よろしいでしょうか?」
どうやら利平というらしい少年が、私に渡したのは二本の日本刀。蘭に渡したのが、弓と矢筒だった。
「うん、いいよ。ありがとう、利平」
軽く微笑むと、利平がわかりやすくほおを赤らめた。
……どうしよう、今私この上なく美人辞めたい……。純情な少年たぶらかして何が楽しい……。あと蘭さん、利平睨まないであげて。
とりあえずそこら辺にある長椅子に座ると、日本刀を鞘から抜いた。
黒い鞘に詰まっていたのは、ぱっと見、違いの分かりにくい日本刀だった。
しかし、一方には
「今日もよろしく、
牡丹の花の方を花鳥、月の方を風月という。四字熟語からとった。
私の第一武器である獲物は、日本刀の二刀流だ。
「お姉様、早く模擬戦しませんこと?」
蘭が少し離れたところから、弓を持っていない方の手を振っている。
蘭が持つ弓は和弓で、名を「
「ん、そうね」
軽く返事をすると、スカートのポケットに手を突っ込み、取り出した紙紐で髪を括った。
反対に、蘭は一つの三つ編みに結んだ紙紐を解き、制服のポケットに突っ込んだ。
これは、私たちの戦い前の儀式だ。
「あれ、なんか奇妙な格好のそっくりな美女がいるぞ?」
「あ、華姫様と蘭姫様だ!」
「え、あれが噂の最強の半妖姫たち?」
ざわざわと、周りが私たちの正体に気づき始めている。
「さあ、どいたどいた!これから、世にも強い姫様方の、模擬戦が始まるぞ!」
佐助が声を張り上げると、周りがサッと道を開けた。朝の大名行列的人間を思い出す。
ローファーで二人、ピシッと背筋を伸ばして人が二つに割れてできた道を歩く。
半妖だと、侮られないように。
「私たちを知らないあやかしがいたけれど、新兵かな?」
「
こっそり会話を交わす私たち。
「相変わらず早耳だなぁ」
「ふふ、下僕は睦月城にもたんとおりますからね!」
「えー」
ちょっと蘭の未来が心配だ……。
私の左手に花鳥、右手に風月。蘭は片手で紫電を握っている。蘭は矢筒を持っていない。私も鞘は置いてきた。あ、利平に矢筒いらないっていうの忘れてた。蘭に任せといたら言わないだろうし、後で言おう。
つらつらと思考を巡らしていると、訓練場の中心にやってきていた。周りにはあやかし達の壁。現世と違って、注目しているのは私たちの容姿ではなく戦闘。そして、現世よりは周りにいる人の顔と名前が一致するものが多い。
私と蘭は五メートルほど離れて向かい合った。二刀流と弓の戦いだ。
審判はいつも佐助。よく知る相手なので、安心して任せられる。
静まり返る訓練場。
離れて立つ蘭は、やはり私より美しいと思う。
艶やかで真っ直ぐな、母上そっくりの黒髪。
黒曜石のように凛とした瞳。
ほっそりと色白い四肢。
……やめよう、若干落ち込む。
「始め!」
佐助の掛け声が鼓膜へ届いたと同時に、私と蘭は地面を強く、霊力を込めて蹴った。
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