第8話 睦月国

 廊下を駆け足でわたり、きざはしを音を立てて下ると、一人の鬼に出くわした。

 「あ、姫様方、若様方!お帰りですか?」

 私たちの姿を認めて、その鬼はパッと顔を明るくさせた。

 やや癖のある亜麻色の髪を肩まで左右不揃いに伸ばし、樺色の瞳を爛々と輝かせている。

 額からは、まっすぐと突き出た小豆色の一角が異質を放っていた。

 「ただいま、佐助さすけ

 私は、母上の忠実なる部下、天邪鬼のあやかし・佐助だ。

 栗色の着物に荒縄を帯がわりに閉めた姿は、一瞬荒れくれ者かと初対面のものを警戒されるが、その義理人情厚き人柄によって、あっさりと瓦解させられる。

 人懐っこく中堅のように、懐のうちに入ってくる。それが、佐助という天邪鬼だ。

 「佐助。今から訓練場に行くから、俺たちの武器、お前の部下に用意してもらえないだろうか?」

 「はっ、仰せのままに、れん様」

 佐助が頭を下げると、どこからともなく、栗色の着物を着た少年がやってくる。この子は鬼だ。佐助の部下だろう。彼の部下は、だいたい栗色の着物を着ている。

 話は聞いていたらしく、少年は素早く音もなく階を下っていった。もしかしたら、忍びかもしれない。

 蓮の言葉は一見、若様のわがままに見えるかもしれない。しかし私は、その言葉は一瞬でも多く訓練がしたいという、蓮の生真面目さから出ている言葉だと知っている。ふふっ。

 「拙者は薔薇そうび姫様の元に参りまする」

 睦月城の人たちは、基本的に母上のことを「薔薇姫様」、父上を「夕海ゆうみ様」と呼ぶ。

 「佐助。両親をよろしく頼みますわよ。さっ、お姉さま、とっとと部屋に参りましょう。こんな狭いところではなく」

 らんがぱって私の腕に、自分の腕を絡ませる。振り払ったり避けたりすることもできるけれど私はそんなことを大切な妹にできない。 

 だから、蘭のスキンシップを受け入れて、こちらからも絡めてやると、蘭は顔を明るくさせた。それを、少し複雑な心境で見守る。

 「姫様方は相変わらず仲がよろしいですな。では、また」

 佐助は私たちが降りてきた階を、登ってゆく。

 佐助は、元は格好の通りの破落戸ごろつきだったらしい。だが、母上にぶっ倒されて、その武の才とカリスマ性を見込まれ、部下にスカウトされたらしい。小牧こまきも、おんなじ感じで家族と共にスカウトされた。

 ちなみに、天邪鬼は現世では言葉を真実とはあべこべに言い、世の中を混乱に陥れた妖怪だと言われている。しかし、実際は天邪鬼が使うのは幻術の一種であり、使おうと思わなければ発動しない者なので、私は今の所佐助の術を見たことがない。

 蓮とかは、見たことあるかもな。あの子、母上の部下たちと仲良いし。人付き合いが苦手な私と違って、蓮は気遣いとかが得意だから、すーぐ仲良くなって……。

 は!いけない!暗くなってる!

 

 「ね、今日どうだった?」

 「ああ、今日の時間割ですの?でしたら、1限めが体育」

 「いやそうじゃなくて、全体的な意味で」

 「ああそれでしたらいつも通り、今日も下僕にブドウジュース買わせにに行きましたけど」

 蘭よ、一体何したら一ヶ月でそんなことに……?

 「下僕、ですか……」

 小牧が顎を指で掴んで考え込む。茶色の髪が、さらりと落ちる。

 あー、絵になるなー。

 じゃなくて!小牧も下僕とかちょっとおかしいなーって、思ったよねーっ。

 「何か問題がありましたの?」

 蘭ーっ。大有りでーすっ。

 「いえ、蘭様には睦月国のみならず十二国全てに、いや現世と隠世全土に傅かれても全くもって問題はないのですが」

 うぉーぃっ。

 「ホイホイ作られますと、私の出番が減りそうだなーと」

 あー、役割的な。

 いや、小牧さんは唯一無二ですよ。大事で大好きですよ。

 「減りませんわよ。小牧は私の従者でもありますが、数少ない友人でもあるんですのよ。そう易々と、友人を減らすような真似は致しませんの」

 「あれ、蘭やっぱ友達いないの?」

 「お姉様もですわよね……。やはり半妖という生き物と、この四方しほうあまねくうるわしい美貌が合わさると、人付き合いが難しくなりますわ」

 え、美貌への自信がすごいな……。

 「お姉さまに似た容姿ですもの!」

 ……このシスコンが。私もだけど。

 これって、ブーメラン?

 

 なんて会話を交わしつつ、廊下を進んでゆく姫君二名、若様二名、従者一名。

 私たちの姿を認めた侍女が、さっと廊下脇で頭を下げる。私たちは、それをチラリと一瞥しただけ。

 冷ややかな対応だが、侍女に浮かぶ侮蔑の眼差しを見ればそうなると思う。

 母上と父上は、私たちがせめて居城ぐらいは穏やかに過ごしてほしいと考え、半妖差別のあやかしは排除している。

 が、やはり内面では半妖を軽んじているものは、睦月城の半分ほどである。

 彼女は、きっと、表立って半妖を非難することはないのだろう。残念ながらこの世の大半は善とは言えないあやかしや人間であるため、そこをかんがみればまだ許容範囲だろう。

 しかし、わざわざ目の前でも批判の眼差しを向けるということは、ここに長く居座るつもりはないのかも知れない。

 結婚相手でも、探してるのかなぁ。

 もしくは、密偵とか?

 なんて考えつつ角を曲がる。

 「誰ですの、あの者。いくらなんでもお姉さまに失礼すぎますわ」

 侍女が見えなくなった途端、唇を尖らせる蘭。可愛い顔が台無しですよ。

 「あとで薔薇姫様に報告しておきますね」

 「いや、今行ってくれるかな?」

 え、ふじ、なんで?

 「あのものがつけていた髪飾り、水仙すいせんの方で流行っているものですわよ。ま、お姉さまはおしゃれに嫌になるほど無頓着ですから、知らないのも無理はないと思いますけど」

 ムカつくなぁ、おい!

 あ、水仙っていうのは、睦月国の地名で、北東にある、流水族の鬼が治める都市だ。

 鬼には、現世隠世問わずの、霊力の種類別の五つの部族が存在する。

 火を自由自在に操る火炎かえん族。

 水を意のままに使う流水りゅうすい族。

 草木を生えさする木樹きじゅ族。

 金属を使うことに長けた鉱金こうきん族。

 大地を動かせる土砂どしゃ族。

 この五つである。

 母上の焔のような容姿から想像できる通り、鬼月家は火炎族の鬼だ。

 あやかしと人間の異類婚姻譚の間に生まれた子供は、父の容姿を持ち、母の能力を受け継ぐのだという。

 私たちは、顔面こそ母上にものすごくそっくりで、私は特に母上と何回も間違えるくらい、それこそ双子と間違えられるくらいの勢いで似ているのだか、額に角は生えていない。普通の人間が見れば、到底半妖だとは気付かないだろう。そもそも、妖や半妖は現世の世間一般に広まってないし。

 とにかく、私たちは異類婚姻譚の宿命に従って、人間らしい容姿と、炎を操る莫大な霊力と、汎用に似つかわしくない膨大な妖力を持っている。

 「ふぅん、あの人、水分みくまりの密偵なのかな?戦闘能力も霊力も、大したことなかったけど」

 水分、というのが現在睦月国の流水族の長であり、流水族の本拠地で、美味しく清涼な水がたんまり味わえる都・水仙の領主でもある鬼の男だ。

 ちなみに、私は半妖の身体能力も相待って、ある程度のものの実力は一瞬見ただけでも測ることができる。

 今現在、睦月国で一番強いの母上だ。戦国の昔は、たびたび現世に出没し、殺戮を繰り広げ、辺り一面に紅の花を鮮やかに咲かせたのだという。

 二番目はなんと、私、鬼月華である。そう謳われる所以は、数多くあるのだか……。

 「捨て駒ってことですか?」

 そう小牧が言い放ったので、一旦思考を中断した。

 「だろうね。だから、死なせないようにしておかないと。拷問に掛けて情報をたっぷり出してもらおうか」

 笑顔で恐ろしいことを口にする我が弟・藤。

 水分が心底嫌いなのだろう。良く分かる。

 水分は女癖が悪く民への思いやりがかけらもない。人身売買に麻薬、横領、帳簿の不正をあげたらきりがない。馬鹿で救い用のない、お山の大将気質のドクズだ。

 過去に何度も母上に求婚しては振られ続け、矜持を傷つけられたやつが、一重の都めがけて鉄砲水を放ったことがあった。

 責任感じた母上は、すぐさま水分の屋敷を襲撃し、ほぼ無血開城。その上、水分の鬼の妖力の源である額の角を折った。

 以来、水分の勢力はそがれたものの、まだしぶとく火種は生き残っている。水のあやかしなんだから、とっとと飛び火消してくれ。

 トドメに、私と蘭にまで超上から目線で求婚してきたので、それを伝えにきた人の耳をそいいで送り返しました。

 と、もうさっさとこの世から抹消したいレベルの極悪人である。

 残念ながら、私たちはあまり優しくないので、密偵やら使いのものやらへの配慮は微塵もない。ただし、人質が取られている場合であれば、人質を奪還して情報を吐かせる。

 我ながら冷たいなぁ、と思う。

 現世だったら、とっくの昔に捕まっているのだろう。

 しかし、ここは隠世。

 昔と比べれば平和であるが、安心や油断が命取りになる、あやかしたちの戦場だ。

 「わかりました。私から薔薇姫様に伝えにまいります」

 小牧は元来た道を走って行った。

 流石狸のあやかし。足速いなー。

 「あーあ、これから訓練だってのに。嫌な事態になっちまったなー」

 「まあ、いつものことだから。そこまで気を落とさなくても……」

 「もう、お姉さまは楽観的すぎますわ。御身は、自分の事だけを考えて良いのですわよ」

 「私、そこまで図太くなれないよ」

 「相変わらず、甘いな、華は」

 「藤が冷酷すぎるんじゃな〜い?」

 とは言いつつ、私もちも涙もない鬼の娘。家族を傷つける奴は、無間地獄まで追って殺す覚悟だ。

 密かに決意を確認する間に角を曲がり、やっと自室が見えてきた。

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