第6話 自動販売機

 疲れた……。早く家に帰りたい。

 私はスクールバックに顔をくっつけたかったけど、目立つので諦める。

 時は変わって帰りの会。

 とりあえず、5、6限目も疲れましたとさ。

 一年1組のホームルームは、平均的な速さで終わる。担任の山崎やまざき先生が、良識的だからだ。

 らんのいる一年2組の担任の香川かがわ先生は、光の速さで要件を伝えて終わらせる。れんのいる一年3組の日比谷ひびや先生は、娘の自慢が入るとき以外は比較的早い。ふじのいる一年4組は、大御所感のある鈴木すずき先生が、すっごいゆっくり喋るんで、みんなから嫌われているのです。

 あーあ、三人と同じクラスがよかったな〜。

 でも、それは一生ない。クラスが別々になるのが、四つ子の宿命ですもん。 

 一クラスだったら同じだけど、ここは天下の新宿だからね……。

 ちなみになんで私たちが新宿のこの学校を選んだのかというと、人が多く力の飛び交う雑多な新宿では、高層ビルに遮られ、私たちが半妖だということがバレにくいからだ。

 あと、結構バラバラな私たちの偏差値を、平均にしたらこの学校があったからだ。

 違う学校に行く、という選択肢はない。

 私たちは4人で一つの運命共同体なのだから。


「ねえ小牧こまき、みんなまだ?」

 私は一回にある自動販売機の影に隠れながら、隣の小牧に問う。

「まだですねえ」

 私と小牧は背中合わせになっている。私が昇降口、小牧が階段を見張っている。

 別に見張りなんかしなくても、気配でわかるんだけどさ。友達ゼロの私は、少しでも青春っぽい思い出を作りたいというか。今日は珍しく、私が一番だったから。

 で、HRが終わってすぐに、ここへ来たってわけ。

 そんなわがままに、わざわざ付き合ってくれているのだ、律儀なこの従者は。

 「あ、はな様が自動販売機の影にいる」

 「電話の相手は誰でしょうね……?」

 それに引き換え!

 私はちょうど階段から降りてきた上級生を、ぎらりと一睨み。

 開いて、ビクッとしてそそくさと下駄箱へ。

 他人を盗み見なんて、趣味悪いわねえ……。

 「華様、そこまで怒らなくても……」

 「何よ、小牧。あいつらを庇うの?」

 「そーゆーことではなくて……」

 地味に小牧と言い争っていると、

 「あ、華様が電話してる」

 「なんだろ、『小牧』って言ってるけど?」

 「しかも、なんか修羅場?」

 ぎくっ。聞かれてたーっ。

 「えーと、小牧ってなんだろ」

 「あ、俺知ってる。愛知の地名だよ。俺のお袋の実家」

 「へー」

 そのまま、その男子高生集団は過ぎ去っていった。

 あーよかった、小牧が愛知の地名でよかった……。

 ところで、私が電話しているという話。実は、ガラケーを耳にそれっぽく当ててるだけで、別に電話していない。

 なぜこんなことしているのかというと、怪しまれないためだ。

 妖を見られるのは、霊力が高く、見鬼の才と呼ばれるものを持つ人だけ。つまり、狸のあやかしである小牧は、一般人には見ることができない。さっき倒した山犬も然り。

 で、フツーに小牧と話してると、虚無に向かって喋ってる、変な人になるのです。過去数回やらかしてます。

 ま、小牧は結構妖力高めの妖だから、人間に見えるようにもなれるんだけど、小牧は現世の学校行ってません。諸事情で。

 で、蘭はまだ?

 「あれ、華様1人?いつもは蘭様が先だよね?」

 「一年2組の香川先生が今日休みですので、蘭様のクラスが終わるのが遅れてるらしーよ」

 通りかかった女子高生の会話が、耳に届く。

 半妖は人よりも聴覚がいいのです。

 あ、そうだったんだ。お昼の時蘭教えてくれなかったんだよな……。お姉さまは寂しいな……。

 はっ、もしかして、私が青春のイベントを作るために蘭はわざと伝えてくれなかったとか?

 いや、あの小悪魔に限ってそんなことはないよなそうだよな。

 「おねー様、何やってんの?」

 「じじゃっっっ……きゃっ」

 謎の叫びと共に、蘇芳すおう色のガラケーが虚空こくうへと放り出される。

 私は慌てて軽く跳躍ちょうやくすると、ガラケーをパシッともぎ取った。

 周囲で起こる、拍手と歓声。

 ここは舞台かっ。

 「あー、この調子だと、明日には学校中に広まってるだろうね……」

 しみじみとつぶやくのは、藤だ。

 どうやら、蘭と一緒に来たらしい。

 蓮がまだ来てないってことは、日比谷先生の溺愛パパスイッチ入ったんだろうな……入学式でもやってたよなあの先生……。

 「お姉さま、朝言ったこと早くも忘れられましたの?か・な・り、目立たれているのですが?」

 蘭が向けてくる目線の、じとっーとしたことよ!ムカつくけど正論!

 「と、いうか、お姉様気づいていなかったんですか?私が来てること。だったらかるーく傷つきますわね?」 

 「蘭、そーゆーことは本人の前で言わない」

 「で、実際は?」

 「蘭は相変わらずリアリストだなぁ……。気づいてたわよ。でも、ちょーっと驚いたのよ」

 「何にですの?」

 ずいっと、身を寄せてくる蘭。

 「妹が姉の、ガラケーの画面見ようとしたことに」

 「へ?ダメでしたの?」

 ダメでしたの?っておい。

 「人のケータイみちゃいけませんって、学校で習わなかったのかい?」

 「ケータイのマナーは、ネットの使い方と共に習いますわよね。最近ネットを使った犯罪が増えておりますが、どんな痴漢に襲われようとも、事件に巻き込まれようとも、犯人を一発で失神させる自信がありますので、聞く意義が分からず、きっと居眠りして聞いていなかったのですわね」

「いや、犯罪のくだりはわかったけどさ、ケータイのマナーについては聞いとかない?」

 犯罪のくだりは、我らが四つ子の総意だと思うけど。

 「同じ事業中に、わざわざ起きるんですの?面倒臭いですわ」

 素直だなぁ。

 「めんどくさがってたら、世の中楽しくないよ?」

 「学校なんて、楽しくありませんわ」

 その言葉が、私に重くのしかかる。

 現世の学校に行こう、そう言ったのは私だったから。

 「お前ら、何やってんの?」

 ずいっと、いきなり蓮が割り込んできた。

 「別に?あと、蓮くん話割り込んじゃダメだよ」

 「なんで藤が答えんの?」

 うん、蓮の疑問はもっともだ。私も思った。

 っていうか。

「藤、怒ってますの?」

 そう、藤は蓮を君付けで読んだ。基本、姉弟全員呼び捨てな藤が、くんとかさんとかつけるのは、怒った時だけなのだ。

 「いや、今のどこに起こる要素があったの?」

 本日二度目?の、下の弟がわからない。

 そっと隣を見てみれば、相変わらず小牧が普通の人には見えないバージョンで……。

 「あれ、小牧耳と尻尾出てるよ?」

 そう、小牧はまたしても小さなフッサフサのお耳にクリーンとしたフッサフサの茶色い縞々の尻尾をつけているのでした。

 あと、なぜか顔を赤らめている。

「んー、なんでもないよ、姉さん」

 あ、この人さん付けした。まだ怒ってる?

 「とりあえず、学校でないか?また目立ってるぞ?」

 はっ。

 「あ、鬼月きづき家だ」

 「蘭さんキレー」

 「藤様イケメン」

 「4人揃うと威力すごいなー」

 私たちの周りには、記者よろしく集まってきた、人の群れ!

 あーあ、またやっちゃった。

 「うん、とりあえず出よう」


 「鬼月様どこー?」

 「さっき、商店街に行くの見たよ」

 「いや、公園のほうにいなかった?」

 「駅前で見たよ?」

パタパタと、通り過ぎてゆく足取り。

 秋根あきね高校の制服を着た男女の群れが、私の前を素通りしてゆく。

 新宿しんじゅく御苑ぎょえんの、風景式庭園。そこの大きな木の下で、私はそれを見ていた。

 よかった、バレなかった……。

 実は、私の周りには結界が張り巡らされている。過激な私たちのファンが追いかけてくるから、家を隠すのも一苦労。

 本来なら、あんまり力は使わない方がいいんだけどね。これにはやむを得ない事情がございまして……。

 「いきましたねー、蘭様」

 「いや、普通に華様でいいよ?小牧見えないし」

 そう、私は今蘭みたいな黒髪ストレートのカツラをかぶっているのです。

 そして、私と蘭はほぼ同じ顔なので、私は蘭にしか見えないのです。

 えー、なぜ私が蘭に変装しているか通りますと、四つ子あるあるだから……ではなく、相手の裏をかくため……と、蘭の趣味。

 「あーっ、いましたわお姉様ーっ。黒髪ストレートもお似合いですことーっ。美しいですわーっ」

 「五月蝿うるさっ。見つかるよ?!」

 ポーンと、ダッシュでやってきたのは、我が愛しの妹君。ちなみに蘭は、黒髪ショートに学ラン……つまり、藤の格好をしていた。

 言葉遣いで台無しだよ……。

 男女の差があれど私たち四つ子はめっちゃ似てるので、学校の人にはまずバレないだろう。

 「もう、冷たいですわねお姉様!それはさておき小牧、お姉さま綺麗だと思いませんこと?」

 「まだ言うのか蘭」

 「お綺麗です、華様」

 「お世辞っぽいですわ!やり直し!」

 「はい!」

 「小牧?蘭の言うこと聞かなくていいからね?」

 結構くだらないやり取りをしていると、

 「何やってんの?女子会?」

 ふわっとした黒髪の美女がいた。

 はい、ほぼ私の女装版蓮くんでーす。

 「あー、やはり私より蓮の方がお姉さまに似ていますわねー」

 「俺褒められてんの?」

 「「さあー」」

 小牧とハモる私。

 妹が何考えてるのかわからない。

 その時、空の方に動きを感じた。

 ドサッと言う音と共に、降りてきたのはヤンチャそうな美少年。

 「お待たせ」

 そう呟くのは、蓮の姿をした藤だった。

 「藤!なんで上から来たの?」

 木の上から降りてきたことには驚かない、運動神経良き四つ子一同と小牧。

 「なんとなく」

 あ、そう。

 ま、この格好してるのも、半分なんとなく、だもんね。

 「なあ、全員揃ったなら着替えていいか?」

 いや、結構変なセリフだよ蓮。大体、全員来る前に着替えるんだよ?

 と言うツッコミは入れなかった。だって、私も思ってたから。

 

 ささっと結界張って着替えました。

 こういう時、神力って便利。


 「さ、帰るか」

 元の姿に戻った蓮は何にもありませんでしたーみたいな顔をしていますが。

 さっきまで貴方、女装されていましたからね。黒歴史入りだからね。全員ともだけど。

 「はーい」

 幼稚園児みたいな返事をしながら、小牧がふところに手を突っ込んだ。

  ゴソゴソと取り出したのは、手拭いサイズの巻物だった。

 「じゃ、行きますよ、皆様方!」

 巻物を高々と掲げる小牧。なんか少年漫画の忍者みたい。

 さっとまた元の位置に戻すと、紐を解いてゆく。

 びろん。巻物の一方が、下へと落ちてゆく。

 それは地面につくと、シュルシュル、シュルシュル伸びてゆく。

 伸びて伸びて、明らかに外見よりも伸びてゆく。

 巻物を結んでいたえんじ色の紐が、小牧の腕から、するりと伸びてゆく。

 巻物の表面には、黒くにじんだ文字の跡がある。その墨が、金色こんじきに光出す。

 それと共に、伸びていた巻物がぴたりと止まった。

 私たち五人の周りを、ぐるりと巻物が取り囲んでいた。

 金色の文字がゆっくりと、巻物の神から乖離かいりし始め、ユラユラ揺れる文字未満の墨は、ぼんやりと虚空に浮かんだ。

 その金色の光の群れの中を、咲くように伸びたえんじ色の人が潜ってゆく。

 文字の列、光に消えて、混ざってゆく。

 やがて金色はフラフラと移動し始める。

 そして集まり、円となっていく。

 「できました」

 小牧が厳かに呟き。

 えんじ色の紐を引く。

 刹那。

 金色の円が、膨れ上がった。

 あっという間に、私たちの足元にワームホールができた。

 渦巻く金色の光の上に、浮かび上がる私たち。

 「行け」

 そう呟くのが、私の役割。

 次の瞬間、私たちはワームホールに吸い込まれた。

 目指すは隠り世、あやかしの世界ー。

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