第4話 教室の片隅から

 私の席は、教室で一番窓際の前から三番目。後ろにも机はあるけれど、空席だ。

 机にスクールバッグを置くと、中身を漁る。

ラブレ、いや手紙多すぎ……。

 そして、クラスメイトからの視線がチクチク痛い……。

 「齋藤さいとううらやましーな、鬼月きづきさんの隣で」

 「ゼータク言うんじゃないの!同じクラスになれただけ奇跡でしょ」

 クラスメイトの名前はちゃんと覚えてる。仲良くなりたくて、入学式の後に全員覚えた。

 ま、むなしいことに無駄な努力だったけどね。

 齋藤くんはサッカー部のヒラ部員。

 齋藤くんの中学からの友達、田中たなかくん。パソコン部所属のバリバリの理系。

 田中くんの恋人、小山おやまさん。料理部の女の子。

 みんなみんなわかるのに、わたしの名前をみんなも知ってるのに、誰も話しかけてこない。

 壁がある。それが悲しい。

 「おーい、授業始めるぞー」

 担任の山崎やまざき先生が入ってきた。四十代半ばの、数学教師だ。堅物かたぶつだけど、野球部顧問で熱血で頼れる大人。

 ぽんぽんと名前を呼んで出席をとっていく。

 今日は、長谷川はせがわさんと、三木谷みきたに君がお休みだった。2人は恋人らしいので、サボってデートに行ってるのかもしれない。

 ああ、青春って感じで羨ましいなぁ。

 そう思う私って、かなりおばさんっぽいな……。


 一限目。担当の国語教師が休み。そのため、自習になる。仲のいい子たちが机くっつけてキャッキャしながら勉強する中、1人寂しくコツコツ勉強。きちんと予習復習できました。

 二限目。体育の授業中、ペアを組むときに余る。1人で黙々と、ダダひたすら壁にボールを当てました。

 三限目。数学の時間。先生に当てられたとき

めちゃくちゃ注目されて、心底居心地悪かった。きちんと質問には正解しました。

 四限目。生物の時、同じ班の山口やまぐちさんが立花たちばなさんの名前を覚えてなくて、教えてあげたら心底驚かれた。私ってそんなに他人に興味ないように見える?無駄に居心地が悪く、ずーっと沈黙ちんもくしたままで、気まずかったです。

 4限目も無事終わり、生物室から教室に戻る途中、今日の日記に書く内容を思い浮かべる。

 あーあ、ろくなことないなー。

 早くらんれんふじに会いたい……。

 やっぱ、クラスメイトと一緒にいると、落ち着かないんだよね。たぶん、相手も同じ。高嶺の花は遠くから見た方が、あこがれるもの……。

 あ、暗くなってきちゃった。ダメダメ。まだお昼だよ。夜は、これからなんだから。

 勢いよく顔を開けた瞬間、

どんっ。

 思いっきり、前の男子生徒の肩に頭がぶつかった。

 「あ、」

 声をこぼして振り返った相手は、バスケ部の長身、小管こすがくんだった。

 小管くんは、ぶつかった相手があの鬼月華であることにとても驚いたらしく、ポカンと口を開けていた。

 数秒間、私たちはただ見つめあっていた。肌から見れば、男女の運命の出会いに見えたかもしれない。だけど実際は、私たちの間にあるのは冷たい空気だけだった。

 「あ、……。……あの……」

 小管くんが、その大きな体を丸めて、しどろもどろに言葉を紡ぐ。

 私は黙ったままだった。ここでしゃべっても、逆効果だって知ってるから。

 「……」

 そして、何秒がすぎたか知らないけど、私はずっと小管くんの隣を黙ってすり抜けた。

 小管くんの視線、そして無数のいつもの外野の視線をやり過ごして、廊下を歩いた。

 隣に、誰もいなかった。 

 ひとりだった。


 逃げるように教室に駆け込んで、スクールバックから弁当を取り出す。誰もいないくらい教室は、とてつもなく静かだった。

 クラスメートが帰ってくる前に、早く出て行かなくちゃ。

 「あれ、鬼月さん?」

 勢いよく振り返ると、後ろの方のドアに小山さんがいた。

 うっわー、見つかりたくなかったのにー。

 「あっ」

 私は前の方のドアから逃げた。声かけてくれたこと、嬉しかったのに……。

 そのままあちこちからの視線を感じつつ、そのまま西階段へと向かう。

 三階の踊り場で先輩にガン見され、四回で先生に注意されながら、私は最上階へと登る。

 袋小路、なんて言葉が浮かぶ、屋上への扉の隣の踊り場。人が来ない、小さな空間。

 私はお弁当を置いて、その場にストンと座り込むと、冷たい壁に深くもたれかかった。疲労が、身体中にこびりついていた。

 屋上の鍵は、先生に管理されていて、授業中以外は入ることができない。あの子が来るまで待ってなきゃいけない。

 分厚く、重い屋上への扉をにらんだ。これがあるから、私はどこにもいけず、道が重ならないんだ。壁なんて壊してしまえ。扉はずっと空いていろ。息苦しくて、仕方がない。

 八つ当たりでも、止められない。

 授業は辛くない。ただ、みんなと違う。自分だけ生まれた時から道が違うのが、悲しかっただけだ。壁だらけの世の中が、悲しいだけだ。

折り畳んだ足の隙間に、顔を埋めた。春の制服のスカートは、ゴワゴワしていて肌触りが悪かった。

 顔を埋める、相手はまだ来なかった。

 私は一人ではないのに、なぜか寂しかった。

 不意に、屋上の扉がぎいっと音を立てて空いた。私は顔をあげ、春の陽気がする方を見た。

 そこには、私と同じくらいの女の子がいた。

 腰まで伸ばした憧れるくせのない茶色い髪に、人懐っこそうな笑った丸顔。優しい丸まったくりくりの瞳は柔らかく、淡い茶色だった。

 彼女は、制服のセーラー服を着ていなかった。ここは学校なのに。そして、着ていたのは地味な薄茶色の小袖こそでというカジュアルな着物に、クリーム色のよく映える帯だった。 

 学校こそ学校に程遠いアンバランスだが、春の光を目一杯浴びて微笑むその姿は、私の理想で、憧れだ。

 「小牧こまきぃ」

 「へっ、なんで泣くんですかあっ」

 「さみしーからよ、こまちゃん」

 「華様は居酒屋の酔っ払いですか?!あと、こまちゃんゆーな」

 甘えようと思ったら、厳しいツッコミが入った。ああ、これでこそ小牧っ。 

 「あー、大好き……」

 思いっきり、膝立ちのまま腰に抱きついた。

 「うぉっ、何するんですかーっ」

 ぴょこんと。小牧の頭に、耳が生えた。それはちょこんとした、茶色いふかふかのー狸の耳だった。

 同時に、ふわりとしたものが私に触れた。クランとしたそれは、明らかに茶色い狸の尻尾しっぽだった。

 「まだ酔っ払ってる?!いや、現世うつしよ二十歳はたちまで飲酒はダメでしたよね。てことは正常?いや、華様、狐狗狸こっくりでもして悪霊あくりょうに憑かれました?」

 「いや、残念ながら正常です……。一緒にコックリする友達いないし……」

 ちなみにコックリとはかの有名な降霊術、コックリさんです。狸とか狐とか、低級の霊が呼び出せる、小学校でよく友達とやるやつ。

 「あ」から「ん」までの五十音、はいといいえ、神社の鳥居のような模様を書いた紙の上でやる。模様の上に十円玉を置き、数人数で一緒に人差し指をおき、コックリさんを呼んで、質問をする。主に恋愛の。

 気軽にやれそうに思えてこれ、使った紙を四十八枚に切って燃やし、十円玉を塩水につけて清めて使わないと呪われますからね、マジで。

 「あーっ、ネガティブにならないで〜っ」

 慌てて小牧が励ましてくれる。体を振るたび、頭の耳と尻尾がピクピクふわふわ動く。もふもふ。

 この世のもふもふ天国。癒し。かわいい。

 これが見えないだなんて、一般人は損してるなぁ。なんて考えていると、小牧の狸の耳がぴくっと、何かを察したように動いた。

 私もわかった。だから小牧と目を合わせた。そして、ニッカリと自然に、笑い合った。

みんなが、来たのだ。

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