第4話 教室の片隅から
私の席は、教室で一番窓際の前から三番目。後ろにも机はあるけれど、空席だ。
机にスクールバッグを置くと、中身を漁る。
ラブレ、いや手紙多すぎ……。
そして、クラスメイトからの視線がチクチク痛い……。
「
「ゼータク言うんじゃないの!同じクラスになれただけ奇跡でしょ」
クラスメイトの名前はちゃんと覚えてる。仲良くなりたくて、入学式の後に全員覚えた。
ま、
齋藤くんはサッカー部のヒラ部員。
齋藤くんの中学からの友達、
田中くんの恋人、
みんなみんなわかるのに、わたしの名前をみんなも知ってるのに、誰も話しかけてこない。
壁がある。それが悲しい。
「おーい、授業始めるぞー」
担任の
ぽんぽんと名前を呼んで出席をとっていく。
今日は、
ああ、青春って感じで羨ましいなぁ。
そう思う私って、かなりおばさんっぽいな……。
一限目。担当の国語教師が休み。そのため、自習になる。仲のいい子たちが机くっつけてキャッキャしながら勉強する中、1人寂しくコツコツ勉強。きちんと予習復習できました。
二限目。体育の授業中、ペアを組むときに余る。1人で黙々と、ダダひたすら壁にボールを当てました。
三限目。数学の時間。先生に当てられたとき
めちゃくちゃ注目されて、心底居心地悪かった。きちんと質問には正解しました。
四限目。生物の時、同じ班の
4限目も無事終わり、生物室から教室に戻る途中、今日の日記に書く内容を思い浮かべる。
あーあ、ろくなことないなー。
早く
やっぱ、クラスメイトと一緒にいると、落ち着かないんだよね。たぶん、相手も同じ。高嶺の花は遠くから見た方が、
あ、暗くなってきちゃった。ダメダメ。まだお昼だよ。夜は、これからなんだから。
勢いよく顔を開けた瞬間、
どんっ。
思いっきり、前の男子生徒の肩に頭がぶつかった。
「あ、」
声をこぼして振り返った相手は、バスケ部の長身、
小管くんは、ぶつかった相手があの鬼月華であることにとても驚いたらしく、ポカンと口を開けていた。
数秒間、私たちはただ見つめあっていた。肌から見れば、男女の運命の出会いに見えたかもしれない。だけど実際は、私たちの間にあるのは冷たい空気だけだった。
「あ、……。……あの……」
小管くんが、その大きな体を丸めて、しどろもどろに言葉を紡ぐ。
私は黙ったままだった。ここでしゃべっても、逆効果だって知ってるから。
「……」
そして、何秒がすぎたか知らないけど、私はずっと小管くんの隣を黙ってすり抜けた。
小管くんの視線、そして無数のいつもの外野の視線をやり過ごして、廊下を歩いた。
隣に、誰もいなかった。
ひとりだった。
逃げるように教室に駆け込んで、スクールバックから弁当を取り出す。誰もいないくらい教室は、とてつもなく静かだった。
クラスメートが帰ってくる前に、早く出て行かなくちゃ。
「あれ、鬼月さん?」
勢いよく振り返ると、後ろの方のドアに小山さんがいた。
うっわー、見つかりたくなかったのにー。
「あっ」
私は前の方のドアから逃げた。声かけてくれたこと、嬉しかったのに……。
そのままあちこちからの視線を感じつつ、そのまま西階段へと向かう。
三階の踊り場で先輩にガン見され、四回で先生に注意されながら、私は最上階へと登る。
袋小路、なんて言葉が浮かぶ、屋上への扉の隣の踊り場。人が来ない、小さな空間。
私はお弁当を置いて、その場にストンと座り込むと、冷たい壁に深くもたれかかった。疲労が、身体中にこびりついていた。
屋上の鍵は、先生に管理されていて、授業中以外は入ることができない。あの子が来るまで待ってなきゃいけない。
分厚く、重い屋上への扉を
八つ当たりでも、止められない。
授業は辛くない。ただ、みんなと違う。自分だけ生まれた時から道が違うのが、悲しかっただけだ。壁だらけの世の中が、悲しいだけだ。
折り畳んだ足の隙間に、顔を埋めた。春の制服のスカートは、ゴワゴワしていて肌触りが悪かった。
顔を埋める、相手はまだ来なかった。
私は一人ではないのに、なぜか寂しかった。
不意に、屋上の扉がぎいっと音を立てて空いた。私は顔をあげ、春の陽気がする方を見た。
そこには、私と同じくらいの女の子がいた。
腰まで伸ばした憧れるくせのない茶色い髪に、人懐っこそうな笑った丸顔。優しい丸まったくりくりの瞳は柔らかく、淡い茶色だった。
彼女は、制服のセーラー服を着ていなかった。ここは学校なのに。そして、着ていたのは地味な薄茶色の
学校こそ学校に程遠いアンバランスだが、春の光を目一杯浴びて微笑むその姿は、私の理想で、憧れだ。
「
「へっ、なんで泣くんですかあっ」
「さみしーからよ、こまちゃん」
「華様は居酒屋の酔っ払いですか?!あと、こまちゃんゆーな」
甘えようと思ったら、厳しいツッコミが入った。ああ、これでこそ小牧っ。
「あー、大好き……」
思いっきり、膝立ちのまま腰に抱きついた。
「うぉっ、何するんですかーっ」
ぴょこんと。小牧の頭に、耳が生えた。それはちょこんとした、茶色いふかふかのー狸の耳だった。
同時に、ふわりとしたものが私に触れた。クランとしたそれは、明らかに茶色い狸の
「まだ酔っ払ってる?!いや、
「いや、残念ながら正常です……。一緒にコックリする友達いないし……」
ちなみにコックリとはかの有名な降霊術、コックリさんです。狸とか狐とか、低級の霊が呼び出せる、小学校でよく友達とやるやつ。
「あ」から「ん」までの五十音、はいといいえ、神社の鳥居のような模様を書いた紙の上でやる。模様の上に十円玉を置き、数人数で一緒に人差し指をおき、コックリさんを呼んで、質問をする。主に恋愛の。
気軽にやれそうに思えてこれ、使った紙を四十八枚に切って燃やし、十円玉を塩水につけて清めて使わないと呪われますからね、マジで。
「あーっ、ネガティブにならないで〜っ」
慌てて小牧が励ましてくれる。体を振るたび、頭の耳と尻尾がピクピクふわふわ動く。もふもふ。
この世のもふもふ天国。癒し。かわいい。
これが見えないだなんて、一般人は損してるなぁ。なんて考えていると、小牧の狸の耳がぴくっと、何かを察したように動いた。
私もわかった。だから小牧と目を合わせた。そして、ニッカリと自然に、笑い合った。
みんなが、来たのだ。
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