第6話 How to 予言!
まだぼんやりと靄がかかっている脳内で、レオンは先ほど起きた出来事を思い出していった。碑文を解いて、その後歯に吸い込まれていって、それで……
そこまで思い出すと、レオンはガバッと素早く起き上がった。
「テッド、テッド! おいしっかりしろ馬鹿!」
「……んっ」
レオンは横に寝転がっているセオドアに、すぐに声をかける。決して呼ぶまいと封印していた、テッドという愛称を使ってまで。幸いにもセオドアは彼の呼びかけに反応した。まつ毛がふるりと震えて、瞼がゆっくりと開いていく。その様子をみてレオンは、ようやく落ち着いて周辺を見渡すことができた。松明を持ち辺りを照らしてみる。
「俺たちはあの時、ネブラに喰われたんだよな?」
「あぁ、あの歯の間、つまり口腔に当たる部分に吸い込まれたんだ。そのはずなんだが……」
学校の教室くらいの空間。天上からパラパラと砂粒がこぼれ、地面に触れると少し湿った土の感触がする。どうやらここは地中にあるらしい。
中でも目を引いたのは、地面の中心にある巨大な裂け目である。レオンは覗き込んでみたが、底が深いのか全く見えない。その穴にまたがるように置かれていたのは、青銅の三脚だ。それを囲うように、木でできたテーブルが置かれており、穀物や肉類が乗っている。
「どうみてもこれは、生き物の胃袋って感じじゃねえよな? そんでよ、あのネブラの口って迷宮前にあったよな? つまり、ここって!」
「……もしかするとここは、迷宮の中なのかもしれない!」
セオドアもレオンも、興奮のあまり声が上ずっている。2人は恐怖でも絶望でもなく、むしろ希望を感じていたのだ。性格が全く異なる2人だが、好奇心は誰よりも強い。前人未到の迷宮内、誰も入ったことのない場所に、自分たちはいる。世界初の迷宮内到達者が誕生した瞬間だった。
(ようやくここまで来たぜ。ジャック)
レオンは喜色に顔をほころばせながら、叔父ジャックのことを思いだす。7年前に「迷宮に行く」と言って以来、消えてしまった唯一の肉親を。ようやく手がかりを掴める場所まで来たのだ、このチャンスを逃すわけにはいかない。彼は心の中で決意を固めた。
「ふむ、なるほどこれは……」
はたと気づけば、セオドアはテーブルの上にある供物を調べていた。彼は古びた茶色の紙を手に持ち、じっくりと考えこんでいるようだ。その紙には碑文と同じ、古代ギリシャ文字で書かれた文章が書かれている。
「ふむ、これはこの部屋を出る鍵が書かれているようだ。『予言が出口を示す』……なるほど。よしレオン、今からこの葉を加えて三脚の上に座れ」
「なんて?」
レオンはほぼ反射的に聞き返した。驚きのあまり固まっているレオンを無視して、セオドアはテーブルの上に置かれた新緑の葉を1枚、彼に押し付ける。なぜ自分がそんな真似をしなければならないのか、苛立ちを隠さずに彼はセオドアに聞き返した。
「流石だな、天才様の仰ることは俺にはさっぱりだ。んで? なんで俺がんなことしなきゃいけないのか、ちゃんと説明できるんだろうな?」
「全く、わがままな奴だな。まず、ここはアポロン神殿の地下にあったとされる、デルフォイの神託所だ」
「神託所? こんな地下にか?」
歴史に興味のないレオンでも、神託所がどんな場所かはわかる。その字のごとく、神から言葉を受け取る厳かな場所のことだろう。なぜこんな質素で何もない、しかも床には大穴が開いている場所が神託所なのか。古代人の考えることは、彼にとってよくわからかった。
「そうだ。この大地の裂け目に三脚を立て、その上にピュティアと呼ばれる巫女を座らせた。そして月桂樹の葉を咥えさせ、裂け目から出る火山性ガスを吸わせたそうだ」
「おい、その話が本当なら、俺これからガス吸うのかよ!? というかなんで俺なんだよ!」
「私の話を最後まで聞け。酩酊状態になった巫女は、支離滅裂な言葉を発した。それを神官がどういう意味か解釈し、それを予言としたらしい。その解釈を君にできるのか?」
悔しいが納得せざるを得ない。レオンはセオドアの知力や発想力を誰よりも信じている。昔から彼の頭の良さを、周りとの違いを、誰よりも近くで見てきたからだ。
「なるほどな、理解できたよ。ところで、これ吸って俺死なないよな?」
「死ぬことはない……多分」
「おい多分ってなんだよ!? 」
レオンが自分の生命に危機を感じたその時だった。シューという蛇の鳴き声のような音が、穴の方から聞こえたのである。そしてそれと同時に、部屋は硫黄の匂いで充満し始めた。ガスが穴から噴き出したのだ。
「急いで三脚に座れ! 葉を咥えるのを忘れるな!」
「畜生! 俺がやるしかねえのかよ!」
レオンは三脚に飛び乗るように座ると、セオドアから渡された葉を咥えた。穴の真上にいるからか、硫黄の匂いが鼻孔から脳へ伝わる感触がする。濃い匂いだ。
「くれぐれも一度に吸いすぎるなよ!」
焦燥感に満ちたセオドアの声が聞こえる。それを聞いてレオンは、そっとゆっくりガスを吸い始めた。ますます鼻孔が硫黄に支配されていく。そして、変化はすぐに訪れた。まるで酒を浴びるように飲んだかのような、強い酩酊が彼を襲う。ぐわんぐわんと、頭が、景色が揺れ始めて気持ち悪い。レオンは目を閉じた。
どんどん酔っていき、頭が真っ白になる。その時、レオンの脳内にある文章、言葉の羅列が浮かんだ。
「何が見える、君には何が見えているんだ?」
「うう……人の子に必要ない、捨てろって繰り返し、でて、きて」
「わかった、もういい……よく頑張った」
レオンは三脚からどさりと雪崩のように落ち、セオドアに抱き止められた。それと同時に、火山性ガスの侵攻も止まる。しばらく横になっていると、段々視界も脳内もはっきりしてきた。すっかり元気を取り戻したレオンは、自分の真横にセオドアの丹精な顔があるとようやく気付き、彼の体から飛び起きる。
「……悪い、世話かけた」
「いや、珍しく君のおかげで……助かったよ」
気まずい沈黙が流れる。再会したからというものの、言い合いばかりしてきたため、こういう昔のような感謝の言い合いが気恥ずかしくて、どうすればいいのかわからなかった。
「ところでさ、お前俺の言葉の意味、わかったのか?」
「……あぁ、恐らくこれで正解のはずだ」
そっぽを向いたまま、レオンは話題を変える。
「ギリシャ神話において、神々が人に不要だと取り上げたもの、それは炎だ。それを捨てろということは、こうするんだよ」
悪戯っぽい笑みを浮かべたセオドアが、おもむろにテーブルの瓶を持つ。そしてそれを勢いよく、松明にかけた。ジュッという音を立て、炎が消える。暗闇と静寂が、2人に訪れた。
これで本当にあっているのか? 一瞬不安になったその時——
「は?」
「これは……現実なのか?」
薄暗い空間から一変。目の前には緑豊かな森林が広がったのだ。風に乗せられた草花の香り、川のせせらぎ、動物の鳴き声までも聞こえる。不可思議な光景に脳が追い付かず、2人は茫然と立ち尽くした。
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