第5話 迷宮解除成功?
「オラァ! どうしたどうした! こんなんじゃ満足できねえぞ俺は!!」
かつての聖域で、乾いた銃声が鳴り響いている。それはネブラにとって無慈悲な死の宣告、それは彼にとっての祝砲、自分を興奮の絶頂へ導いてくれる音だ。命の瀬戸際、死と隣接している世界でのみ、彼は輝くことができる。彼はまさに、戦闘狂だ。
彼の前には灰の山。それらは全てネブラの成れの果てであり、レオンに撃ち殺されたもの。ネブラの脳を破壊し殺せば、その死体は残らず灰になるからだ。散弾銃を放つと、「ぎぃ」と醜い断末魔を挙げながら顔が爆散して灰へと変わる。レオンにかかった返り血も、真砂のような灰に変わる、灰をまとう。
どうやら、この迷宮前は小型ネブラの群れが暮らしているらしい。若干手ごわい大型が出てこず、レオンは落胆する。しかしそれも束の間、ネブラは遺跡から岩から木々から、ぞろぞろと押し寄せる。レオンは臆することなく標準を定め、獲物を打ち抜いていく。彼は既に15匹以上も仕留めていた。
「蜘蛛みてえな図体しやがって! 死ね雑魚が!」
目は吊り上がり、その笑みはまるで肉食獣のよう。弾丸がなくなっては素早く仕込み、そして狙いを定めて一発、二発。ついでに他のネブラも巻き込んで殺していく。その様に、さらにレオンは気持ちが昂るのを感じた。普段の姿とは想像もつかないほど、彼はこの状況を心から楽しみ、興奮で脳が占められていた。
だから、気づけなかったのだ。一匹素早いネブラが、レオンの横から飛び掛かろうとしていることに。
「うおっ!? やべ」
「ぎ、いぎぎぎぎぎゃああああ!」
ネブラによる力の限りの、最後の抵抗なのか、参道横の巨石からネブラが、雄たけびを上げながら飛び掛かる。弾丸を込めている最中の、レオンの一瞬の隙をねらって。ブヨブヨとうごめく赤い肉塊が、人の骨まで嚙み砕く真っ白な歯が、レオンの顔面に迫っている。
——その時だった。
「レオン! そこをどけ!」
パーーーーーン!!!
レオンが耳にしたのは、自分が嚙み砕かれる音ではなく、元親友の慌てたような声色と、乾いた銃声。そんな、そんな音がするわけがない。レオンは激しく動揺する。いつの間にか戦闘時の興奮が冷めている。
「なんで、おまえ……」
(俺を助けた? そしてなぜ、俺から銃を奪えた?)
先ほどまで興奮に染められた脳内が、今度は疑問で埋め尽くされる。戦闘中のレオンは力を込めて銃を持っている。彼の握力は成人男性の平均値を余裕で超えているほどだ。そんな彼からセオドアは、銃を奪って応戦したのだ。
レイラから聞いた話だと、彼はフォード大学で研究を続けており、レオンのように訓練をしていたわけでも、軍学校に入ったこともないド素人らしい。だがこの瞬発力に筋力……一体彼に、自分がいなかった7年間、何があったのだろうか。
「あんがとな、さっきは助かった」
「……ふんっ、別に、顔見知りが目の前で死んだら胸糞悪いからな……それと、君は本当に変わっていない、変わらなすぎるくらいだ。私はもう、昔の私にはなれないのに」
「は? それどういう意」
「それと、君が耳に耐えない罵詈雑言をはいている間、私は既に答えを得たぞ」
引っかかるようなセオドアの物言いに、レオンはすかさず聞き返す。『なれない』とわざわざ言うのは、何か李湯があるのだろうか? しかし彼はそれを制するように次の話題へと移した。よほど聞かれたくないらしい……一旦封印した疑問にさらに疑問が重なって、彼の頭はパンクしそうになった。
「はぁ、今は何も聞かないでおくが、後で色々聞きまくってやる」
「何を下らないことを言っている。今から君でもわかりやすいように碑文の説明をしてやるから、早く来い」
「へーへーわあったよ」
こうして2人は白の巨石に掘られた碑文に戻った。碑文はレオンにとってさっぱりわからなかったが、なんとなく古代の文字なのだろうとは考えていた。
「これは、古代ギリシャ文字で書かれている。内容はここで祀られていた神、アポロンに関連のある場所についてだ。内容はこのようになる」
セオドアは、ノートにペンでサラサラと何かを書き足すと、レオンに押し付けるように渡す。その内容は以下の通りだ。
『永遠の春、永遠の光明、永遠の青春
全てが満ち足りた、幸福の国
そこには夜もなく、苦難もなく、死も存在しない
年に一度の白鳥の季節。それが我らの栄華の象徴
神がおわす大地、我らが理想郷。その名を示せ』
レオンはそれを読んでも、特に何も頭に思い浮かばなかった。たった数行のこの文章から、何かわかるだろうか?
「注目すべきは『白鳥』と『年に一度』という部分だ。この神殿の主アポロンは、白鳥が繋がれた戦車に乗り、年に一度北方にバカンスに行くんだよ。その場所の名はヒュペルボレオイ」
「ひゅぺ……なんだって?」
——カチッ
聞きなれない単語にレオンが聞き返したその時だった。迷宮の中から、錠前を開けるような音がしたのである。そして、それと同時に目の前の碑文が2つに裂けた。性格に言えば裂けるというより、ぐにゃぐにゃ揺れながら分裂したのだ。
やがて、それは形を変えて、ごつごつとした岩ではなくなって……
「おいおい嘘だろ! 逃げんぞセオドア!」
「言われなくともわかっている!」
それは歯になった。巨大な歯。人の背丈を優に超えるような、おそらく5mはある歯列。それはネブラ特有のあの白い、白い歯と同じ。嫌な予感が、悪寒が背筋を駆け巡る。2人はそれに背を向けて、全速力で走りだした。
「とにかく無線で連絡を! おい、聞こえるか!? こっちは今緊急事態だ、すぐに」
『ガガガ、ガ、ガガ——』
「駄目だ通じねえ!」
歯が動く。嚙み合わさった歯が、どんどん開いていく。そしてピタリと動きを止めた瞬間、強烈な風が辺りを襲った。木々も、巨石も、大地すらも、森羅万象全てを吸い込もうとする風、その風は歯の間から出ている。
つまり、あそこに吸い込まれれば、命はない。気づいた時にはもう遅かった。
「うおっ!?」
「うわっ!?」
背を向けて走っていた2人に来たのは、浮遊感だった。一瞬体がふわりと浮き上がった瞬間、凄まじい勢いで吸い込まれていく。何か掴もうとしたが、何も掴むことはできない。逃げようとしても足がついていない、もうなす術がなかった。もう歯まで間近だ。レオンはこれからくる衝撃、死の訪れを覚悟して目を閉じた。
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