第3話 俺の傍から離れるな(脅迫)
「選べよ。俺と一緒に変態野郎になるか、ならないのか」
「なりたくないに決まっているだろう!? わかった、今後君の傍から離れないことを誓おう、だからその手に持っているものをしまってくれ!」
アテネ国際空港にある書店の前、2人はとんでもない会話を繰り広げている。その内容に何人か二度見する者もいたが、今の2人はそんなことを気にする余裕がなかった。時は30分ほど前に遡る……
「おはよう、昨日はよく眠れたかしら? じゃあ、私はやることがあるから、2人は忘れ物がないか確認してから、デルフォイ神殿に向かってちょうだい。私の言った条件、くれぐれも忘れずにね」
レイラはそう言い残すやいなや、すぐに別荘へと向かってしまった。どうやらオンライン上で重要な会議があるらしい。それでいて疲れた素振りを全く見せないわけだから、レオンは彼女のそういった一面を心から尊敬していた。
さて、問題は彼女の言った条件のことである。彼は頭の中でそれらをもう一度思い浮かべた。
・仲直りしろとは言わないが、作戦中は協力し合うこと
・お互い離れないこと
・必ず2人で帰ること
正直セオドアには、まだまだ言ってやりたいことがある。7年前、お前はどういう気持ちであんなこと言ったのかと。だがレイラの条件を達成するには、これら過去の因縁を一旦封印して、作戦中は淡々と仕事をこなすことが必要だ。だからレオンは彼に何も問わず、今はただ黙って傍にいることにしようと決めた。居心地はひどく悪いが。
その代わり、とっとと迷宮をこじ開けて、帰りに言いたいことを全部言って終わらせよう。そうすれば、また昨日のような悪夢も見ることも、時折セオドアとの日々を思い出してしまうこともなくなるはずだから……
つい感傷に浸ってしまったが、今はそんなことをしている場合ではないと、レオンは気持ちを切り替えようとした。そして、横にいるセオドアに声をかけようとして……
「ほら、さっさとバス亭にいこ……っていねえ!? あ、あの野郎!」
この時、レオンは思い出した。セオドアが好奇心の赴くままに行動し、どこかへ一人行ってしまいがちなことに。セオドアは自らの知的好奇心のまま、自分が気になるもの、初めてみるものに対して、なんの恐怖心や危機感を抱かずに、一直線に向かってしまうのだ。
(そういえばそうだった! あの野郎はそういう一面があるんだった! くそ、俺が目を離したばかりに……そういえば)
レオンは思い出す。レイラから条件を言われた際、意味深な言葉を言われたことを。
『もしセオドアとはぐれてしまったら、大抵本屋か遺跡にいるから。それと彼を見つけたら、荷物の中にある秘密兵器を見せなさい、すぐにいい子になるわよ』
確かに、背負っているバックパックが若干重くなっている気がした。何が入っているのか、そもそもセオドアは秘密兵器とやらをくらったことがあるのか……色々疑問に思う点があったが、これ以上時間が経ってしまえば、彼なら航空の外に出てもおかしくない。探すのが困難になる前に、レオンは空港内の書店の位置を確認しに行った。
空港内の書店、バス停とは反対方向にあるその店にセオドアはいた。ギリシャ彫刻なみの美形に、それに似合うようなビンテージ物で揃えた服装、おまけに高身長ということもあり、遠目からわかるほど目立っている。それがとても気に食わないレオンであった。
「ねえ、あの人超イケメンじゃない?」
「うわ本当だ! 声かけてみようかな~」
そんな黄色い歓声を聞く度に、レオンはドス黒い嫉妬心を隠そうともせずに、歯ぎしりをした。昔からなぜ、あんな生活能力皆無なうえに性格が破綻している奴がモテるのだろうか? つくづく女の子は不思議な生き物だと思う。自分の方がうんと優良物件なのにとも。
「おい、くそ馬鹿性格破綻者。人に手間かけさせやがって」
返事はない。後ろから至近距離で声をかけたので、確実にわざと無視をしているのだ。それがレオンをさらに苛立たせた。そこで彼は、あの秘密兵器を出すことにした
「無視しててもいいけどよ、レイラさんがこれ見せろって」
「はっ、どうせ私が欲しがっている絶版本だろう? だが、この仕事を終わらせれば、姉さんが支援してくれるはずだからね、今は釣られはしないさ」
「聞こえてんじゃねーか! でもよ、本じゃなさそうだぜ」
「……なに?」
その言葉にセオドアはバッと振り向く。あの姉が用意している何か……絶対のろくなものではない! なぜだろう、そこはかとなく命や尊厳の危機を感じるのは。
バックパックからレオンが取り出したのは、黒いビニール袋に包まれた物体。そこそこ厚みのあるそれは、本が入っているように見える。しかし持つと、明らかに書物が入っているような重さではない。これはどういうことかと、恐る恐る開けてみると。
「は?」
「……やべえ代物だな、これ」
それは、中心に金具がついた大人用のハーネスだった。しかし工事用のものとは明らかに違う。後ろにはファンシーな蜂の羽がつけられており、そこからリードが伸びていた。
これは、育児商品に見られる迷子防止用のハーネス、その大人版ということになる。そのビニール袋の中には、レイラからの手紙も同封されていた。ご丁寧に使用方法や用途まで書いてある。
『もしセオドアが何度もいなくなるようなら、迷わずこれを着けなさい。逆にセオドアからあなたが離れた場合、セオドアに着けてもらうように。一定時間2人が離れた場合、私に通知が届くから、嘘をつけるとは思わないことね。使用方法は~』
2人は無言でその手紙を眺めていた。そして同時に、自分が付けられたら、そして元親友に引っ張られていく様を想像してしまったのである。確実に自分の尊厳を破壊する光景だった。
「つまり、俺は『男に街中でファンシーなハーネスつけて楽しむ変態』に、お前は『男にファンシーなハーネスをつけられて楽しむ変態』に見えるってことだ……選べよ。俺と一緒に変態野郎になるか、ならないのか」
「なりたくないに決まっているだろう!? わかった、今後君の傍から離れないことを誓おう、だからその手に持っているものをしまってくれ!」
こうして、セオドアの好奇心はここに封じられることとなったのと同時にレイラの容赦のなさを知ることとなった。いい大人に対して、やることがえげつない……
セオドアはレオンを睨みつけると、先ほどの態度とは一変、毅然とした態度で彼にこう言い放った。
「だが、勘違いするなよ。私は君の傍になんていたくもないが、私の尊厳がかかっているから言う通りにするだけだ」
「……俺だってお前と居たかねぇわ。俺はさっさと終わらせて、お前のおもりから解放されたいんだよ!」
またあの瞳だ。人を見下すような、鋭い目つき。自分たちの友情を終わらせた、あの日と同じ嫌悪を宿している。それをまた目の当たりにしたレオンは、怒りのままに言葉をぶつけた。
これ以上文句を言いあってもキリがない。今は早く仕事を終わらせて、とっとと離れられるように全力を尽くそう。レオンは再度心に決めた。ほんの少しの、胸の痛みとともに……
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