第2話 お久しぶりですねクソ野郎

「はっ! なんだよって。呼びは卒業できたのか? おめでとう! けどよ、呼び方変えたって、お前の甘ちゃんボンボンっぷりは隠せてねえけどな」

「一人称を変えて何が悪いんだ? そんなに気に食わないなら、私から解決策を授けよう。今すぐ部屋に戻って、また意味のない探偵ごっこに興じるがいい。私の視界に入ってくるな」

「そっちこそ俺が気に食わねえなら、かび臭い部屋に戻って彫刻にキスしてろよ、日課だろ? 俺は生身の女の子とヨロシクやってるからさ」

「全く、これだから低俗な人間は……私の高尚な知的欲求と、野蛮な性欲を一緒にするな! そもそも私にそんな日課はないし、私の方が君より女性との。どこぞの探偵もどきとは違うんだよ」


 売り言葉に買い言葉。2人は惜しむことなく、今までの恨みつらみをぶつけている。もしここが古いアパートではなければ、取っ組み合いの喧嘩が始まっていたに違いない。それほどまでに、2人の言葉には怒りや侮蔑が込められており、もう昔のように戻れないことを物語っていた。


——パチン!


 そんな2人の喧嘩に終了のゴングを鳴らしたのは、無機質な笑みを浮かべ手を叩いたレイラだった。先ほどレオンがモニターで見た、目だけ笑っていない死刑宣告の表情である。彼女の呼びかけに、ゆっくりと2人同時に振り向く。その動きはまるで、錆びたブリキの玩具のようだ。

 振り向いた2人を見てレイラはにっこり笑った。何も知らない者がみれば、それはさながら女神の慈愛の微笑みに見えただろう。しかし、こういう笑みを浮かべているレイラほど、恐ろしいものはない。先ほどまでの喧騒はどこへやら、生まれたての小鹿のように2人は怯えていた。


「……それで? まだ楽しいおしゃべりをする気なの? 私の予定を崩して楽しい?」

「すみません! そんなつもり微塵もないです!」

「すまない姉さん、もう黙るよ」


 レイラを怒らせることほど厄介で怖いことはない。幼い頃から大人顔負けの美貌、そこから発せられる威圧感、何より理路整然と並べられた正論による言葉の暴力は、幼い頃から問題児だった2人に、強烈なトラウマを遺したのだ。レオンは、自分の中のカースト最上級の人物にレイラを据えたのである。

 こうしていがみ合う2人は、レイラによってピタリとその口を閉じた。弱肉強食ここに極まれりである。


「大人しくなったわね、じゃあ行きましょうか。。」

「は?」


 驚くレオンの腕を強引につかむと、レイラは有無を言わせず連れていった。




「コイツとだけは組みたくありません。俺は帰らせていただきます」

「珍しく気が合うじゃないか。君と協力するって? こっちから願い下げだ」


 お互い顔を見ようともせず、2人はそっぽを向いて席に着いた。上空約3万3000フィート、ギリシャへと向かうジョーンズ家のプライベートジェットの機内は、かなり険悪なムードに包まれていた。

 それもこれも、彼女が告げた作戦内容のせいである。ジェット機が離陸するとすぐに、彼女は2人に内容を以下のように告げたのだ。


『迷宮前にある碑文の暗号文を解いて、迷宮を開けてほしい』と。


 彼女曰く、迷宮前には碑文があり、その奥に進もうとしても透明の壁に阻まれて進めないらしい。それで碑文に注目したのだが、ネブラに阻まれ撤退せざるを得なかったそうだ。


「私のチームによる研究結果によると、ネブラは人が多いほど活発になるそうよ。つまり、少数精鋭で挑むしかないということ。その精鋭に選んだのが、貴方たち2人というだけ。元対ネブラ特殊部隊養成学校、そこを首席で卒業したレオンに、セオドアの頭脳が加われば、成功の見込みは高いわ」


(住所だけじゃなく、俺の過去のことまで調べてあるのか……)

 レオンは気まずそうに、彼女から目をそらした。彼はある目的を果たすため、養成学校に入学した。元から体を動かすことが好きだったのに加え、第六感が鋭いこと、抜群の戦闘センスにより、彼は養成学校の間で、伝説上の人物になっていたのだ。

 結局、規律主義かつ団体主義の軍隊とそりが合わず、軍部に入る道を選ばなかったのだが。


「みんなネブラを討伐することばかりで、迷宮に足を踏み入れようとしない。だって、何があるかわからない場所に、わざわざ死にに行く者はいないでしょう。それに、ネブラは迷宮周辺にしか出ないから、わざわざ迷宮を攻略する意味もない。でも私はね、誰もやったことがない行動にこそ、価値のある何かがあると思っているわ」


 彼女はレザー製の柔らかな席から、反対側に座ってる2人を見た。その眼差しには、覚悟と決意で満ちている。7年前のあの大災害から、彼女はジョーンズ家の財産を使って、ネブラの研究所や軍隊に出資し、自ら武器開発や研究に赴いている。それもこれも、利益になると考えたからだ。

 彼女は昔から、人が何を必要としているのか、何に価値があるのか、それを見分ける特別な感覚を持っており、今回の迷宮攻略も彼女のお眼鏡にかなったのだろう。そこに利益があるならば、どんな手段を用いてでもそれを奪取する、それがレイラ・ジョーンズという女だ。


「流石に2人きりで、迷宮を攻略しろとは言わないわ。ただ暗号を解いて、開けて帰ってくるだけでいいのよ」


 レオンにとって、この任務が恐ろしいわけではない。ただ、隣で考え込んでいる元親友、現在進行形で抗争をしかけ合っているセオドアと、うまくやる自信がなかった。昔の自分ならば、2つ返事で了承しただろう。

 今ではもう、セオドアがわからなくなっている。だから、レオンは任務を断ろうとしたのだが……


「もちろん、報酬は言い値で出すわ」

「わかりました。俺は参加します」

「君は金さえあればいいのか? 私は研究があるから帰らせてもらうよ」

「セオドアも、研究に必要な物資や資料、それら全て今後私が援助してもいいわ」

「私も参加しよう」


 欲に目がないのは2人とも変わっていないようだった。

 こうして、7年ぶりに再会した元親友、現在進行形で仲の悪い2人きりで、迷宮を開ける旅が幕を開けたのである。

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