第三話 バンクエットオブレジェンズ
「ふぅ………よしッ、やってみるか」
妹との夕食を終え自室に戻ってきた疾風は、椅子に身体を深く腰掛け一息付いた
そしてパソコンを起動し、凪咲に貰ったポスターに書かれていたURLをブラウザのアドレスバーへと打ち込む。
疾風は今、バンクエットオブレジェンズをダウンロードするつもりであった。
正直部屋に戻ってきてもプレイする事に対し乗り気には成れていない。だがそれでも、凪咲の前でこのゲームをプレイすると言ってしまった以上その言葉に背く訳にはいかなかったのである。
例え自分がこのゲームに嵌まる事が100%無いと分かっていたとしても、それでも最低一日ぐらいは遊ばなくてはならない。それが兄の責任という物だ。
そしてそんな事を考え腕を組んでいると、近年目まぐるしい勢いで発展を遂げている情報通信技術のお陰で瞬く間にダウンロードバーが端へと到達する。
(ゲームのスタート方法はヘルクラとそんなに変わらないんだな。というか、十年位前に比べてディスプレイに表示される情報がどんどん簡素に成ってきてる気がする……)
ダウンロードが完了し表示された画面は、ゲーム内映像をバックにタイトルロゴとその下に『ゲームスタート』というボタンが表示されているだけという質素簡略な作りと成っていた。
ここ十年近く、バーチャルリアリティー技術の躍進に伴いVR以外のエンタメは急速に衰退の一途を辿っている。
人々が全ての娯楽を桁違いの臨場感や没入感で体験出来る、仮想現実の中へと求め始めたからだ。
そしてその流れに伴い、従来の画面表示型メディアはエンターテイメント要素を排除し、素早く正確な情報を伝えるという役目に絞られどんどんと簡素化していっている。
今ではご覧の通り、どんなウェブサイトを見てもGoogleの検索画面が如きシンプルイズベストな外観だ。
そんな時代の流れを顕著に映す『ゲームスタート』ボタンへと疾風はカーソルを合わせ、クリックと同時に表示された『ヘッドセットを装着して下さい』という指示に従いベッドへと向かう。
そうしてさっき外したままの状態で其処に転がるVRヘッドセットを装着し、身体を布団に預けた。
するとその行動によって網膜認証をしたヘッドセットの電源が入り、バーチャル空間へと突入する為の信号が脳へと送り込まれ始める。
サァァァァァァァァァァァァァァァ…………バチッ
耳障りではない音量のノイズ音がヘッドセットに内蔵されたスピーカーより耳へと流され、それからバチッという音と共に脳内で刺激を感じる。
そして其処から何故か網膜を通し入ってきている訳ではないと分かる視覚情報で、赤青黄紫緑という色が高速で切り替わりながら見えた。
しかし、次第に色の残像が混ざり合い本来の色を歪め、今自分が何を見ているのか分からなく成る。
そしてその高速で入ってくる情報の処理を脳が諦め思考停止した次の瞬間、何時の間にか自分が薄暗い小さな部屋の中で立っている事に気が付いた。
部屋の内部は石畳風の床が広がるだけ。
唯一目に付く物体である扉の前には、昔のゲームを思わせるドット風のウィンドウでこう表示されていた。
『プレイヤーネーム、性別、生年月日を入力して下さい』
どうやら此処でゲームに必要な事前情報の入力が求められるらしい。
疾風は自分の誕生日と年齢、そして何時も使っている『コード・ジーク』というプレイヤーネームを入力する。
このコード・ジークという名前は元々ゲーム好きだった父が使用していた物。語源は聞けず終いと成ってしまったが、これを使っている限りは父との繋がりが残る気がして5年経った今でも借り続けている。
ガチャッ
扉から鍵の開く音がした。どうやらゲームスタートの為に必要な条件は全て満たしたらしい。
そして疾風は慣れた調子で大した感慨も無くドアノブに手を掛け、バンクエットオブレジェンズの世界へと飛び込んでいったのであった。
ゲームスタートである。
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