第二話 妹の優しさ③
「そうだッ! 私今日お仕事でゲームの案件受けてたんだった!!」
凪咲は空の食器が乗ったテーブルへと落ちていた視線を跳ね上げ、そして一転笑みが浮かんだ顔でそう言った。
「ゲームの、案件?」
「そう! ちょっと待っててッ」
突如声質の変わった妹の様子に戸惑う兄をその場へ残し、凪咲は椅子から立ち上がって自分の部屋へと駆け込んでいく。
その久しぶりに聞いた気がする妹のドタドタとした足音に疾風が懐かしさを感じていると、直ぐに凪咲が戻ってきた。そして兄の眼前へどうやら何かのポスターらしき紙を突き付けてくる。
「これッ疾風知ってる? 今日の仕事終わりに記念として貰ったんだけど、マネージャーに渡さないで良かった〜」
「いや、知らないゲームだな…ばんく、えっと、おぶれじぇんず?」
英語が苦手な疾風は、アルファベットでポスターに書かれたそのタイトルを余りに抑揚の無い発音で読んだ。
ゲームのタイトルはバンクエットオブレジェンズ。如何やら今時流行りのオンラインマルチ対戦系、所謂eスポーツという奴である。
「今世界で最も熱いeスポーツ…それがバンクエットオブレジェンズ。初のフルダイブによる本格マルチプレイヤー……オンライン、バトルアリーナで全世界のプレイヤーと智力、武力、そして勇気を競おう。君も伝説の宴の目撃者となれ。ダウンロードは下記URLから………」
「どう? 私あんまりゲーム詳しくないから分かんないけど、世界中で人気って事はそれだけ面白いって事だよね。疾風の好きだったそのゲームの代わりに成らないかなッ」
「うッ………………」
キラキラと輝く妹の視線を受けた疾風は、まるで何かが喉に詰まったかの如き顔となった。
危うく口から漏れ掛かった、とある言葉を慌てて呑み込んだのである。自分が、対人系ゲームを毛嫌いしているという言葉を。
eスポーツとういう概念は、疾風がゲームに対して求める要素と悉く相反していた。
人間が操作するキャラクターは動きに無駄が多く、弱点を探すのも容易だ。人間が操っている以上必ずミスもする。そしてあくまでユーザー同士の戦いである以上どんなプレイヤーが相手でも条件は一緒、理不尽な即死攻撃や無尽蔵の体力で向かって来てはくれない。更に切断や荒らしチート行為等の出来れば見たくない光景も回避するのが困難。
ざっと今挙げられるそれらの要素だけで、疾風がこのジャンルのゲームをやらない説明としては十分であった。
彼が求めているのは永遠に終わりの訪れない超高難易度ゲーム。唯の人間が相手では直ぐに終わりが見え、幾らグラフィックが美しかろうとその世界がハリボテである事に気付いてしまい没入出来ない。
加えてフートは、ゲームで他人を倒すという行為自体にも若干のトラウマを抱えていた。
「うん! ありがとな凪咲、次にやるゲームが見つかって助かったよ。兄ちゃんすっかり元気になったッ」
しかしそんな感情を
自分の趣味など関係無いのである。自分の好き嫌いなどこの場に必要無いのだ。
こんな兄を心配し、よく分からないジャンルの話であっても懸命に元気付けようとしてくれる可愛い妹に、何を差し置いてでも『ありがとう』と言いたかった。
しかしそのボロを一切出していない笑顔にも関わらず、凪咲は何かを感じ取ったのか疑問符を漏らす。
「本当? 本当に私疾風の役に立てた?」
「ああ、勿論さ! 何だか胸の支えが取れたら急に腹が減ってきたな。凪咲、ご飯お代わり貰って良いか?」
「もうッ。まだお皿の上におかず残ってるでしょ?」
「おかずと一緒にご飯を食べるんだよ。何ならおかずもお代わりしようか?」
「食べ過ぎはだめ。調子に乗ってお腹壊さないでよ?」
「は〜ひ、きほつけッはふッ………」
疾風は口一杯に料理を突っ込み、頬袋に食べ物を詰め込んだリスが如き形相となって首を縦に振った。そしてその勢いのまま凄まじい速度でおかずと、更にお代わりしたご飯を腹に放り込んでく。
そうして一瞬で空となった食器を前に疾風は満足そうに頷き、そして合掌したのだった。
「ご馳走様でした!! ありがとう凪咲、メチャクチャ美味かったよッ」
「お粗末さまです。疾風、明日は何が食べたい?」
「明日か……あッ、何か急にあの〜ベビースターの豪華版みたいな奴食べたく成ってきたな」
「固焼きそばの事? 最近は中華の舌なのかな」
「そう言えばそうだな、今日は八宝菜だったし昨日は確か酢豚だったか。まあ、凪咲が作ってくれるなら和食だろうとイタリアンだろうと美味いのは確定してるけどねッ」
「もう、お世辞が上手いんだから」
「お世辞じゃない、本心を言ってるんだって。凪咲のご飯は本当に世界一美味しいよ………よし、じゃあオレはそろそろ教えて貰ったゲームでもやりに行こうかな」
「うん、お風呂は沸かしておくから好きな時に入って」
「分かった!!」
そうまるで何もかもが問題無くなったかの様な声で妹に応え、疾風は駆け足で階段を上り二階の自部屋へと戻っていく。
何とか凪咲の優しさを無碍にしないで済んだ。妹に不必要な心労を掛けずに済んだのである。そう考えれば、先程部屋から出てくる時あれ程重く感じた足も今はまるで羽が生えているかの如くであった。
「……………………料理は、か。私って本当に役立たずだな」
しかし、そんな兄の浅知恵など妹にはお見通しであった。
疾風が自分に気を遣ってくれている事くらい、例え完璧な笑顔で隠されても声の調子と雰囲気だけで分かる。何年兄妹やってると思っているのだ。
そうして凪咲は再び瞳に影を落とし、暗い顔のまま兄と自分の食器をシンクに運んで洗い物を開始したのだった。
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