第一話 ゲームの終わり②

 絶える事無く弾け続けていた閃光と響音、それらが何時の間にか消え夜空へと戻って来た静寂を特大の花火が跡形もなく吹飛ばす。

 その一瞬で昼以上に世界を照らし出した眩い光に、全ての視線は天を仰がずにはいられなかった。


『プレイヤーの皆様、今日までヘルズクライシスを愛して頂きありがとうございました!!』


 そして瞳に飛び込んで来た夜空を埋め尽くす文字。

 等々突きつけられた強い終わりの予感に、ジークも白夜も一転して口を噤み空を見上げる事しか出来なく成る。二人共、まるで死刑宣告を受けたかの様な面持ちであった。


 終ってしまうのだ、永遠に終わりの訪れぬ楽園だと思っていたこの世界が無くなってしまう。

 此れから自分は何をすれば良いのか、何処に居れば良いのか、誰と居れば良いのか、何も分からないままだ。悲しい、不安、怖い、悔しい………そんな役に立たない感情ばかり湧き上がってくる。


 だが、今この瞬間外に出すべき感情はそれでは無いという事だけは分かっていた。

 この世界が悲しい記憶として頭に残ってしまうのは嫌だ、この美しい世界を最後の最後に自分の手で汚してしまう何て耐えられない。


 そう思った白夜は、ジークへとあの事を訪ねる覚悟を決めた。


「白夜ちゃん」


「ッ!?」


 しかし白夜が覚悟を決めるより一足早く、彼女が口を開こうとしたタイミングでジークの方から話し掛けてきた。


 そして反射的にその声が来た方向を向いた白夜の口は固く閉ざされる事となる。

 いつの間にか鎧のヘルムを外し顕あらわに成ったこの世界での素顔、その天の閃光を反射しキラキラと輝く彼の相貌そうぼうに射抜かれ、全身が金縛りに遭ったかの如く固まってしまったのだ。


 そうして複雑な感情の入り混じった顔で立ち尽くす白夜へとジークの口から語られたのは、彼女に対する惜しみのない感謝の言葉。


「君と出会えて本当に良かった。野暮かも知れないけどオレ現実にあんまり遊んでくれる人が居なくてさ、だから一緒にこうして本気でゲームしてくれる友達が出来てメチャクチャ嬉しかったんだ。多分君と冒険したこの2年間より幸せな時間がこれから先更新される事は無いと思う。だから…沢山の楽しい思い出をありがとう。一緒に遊んでくれてありがとう、白夜ちゃんッ」


 そう言ってジークは白夜へと涙が零れない様に目を細めへの字にした笑顔で笑ってみせる。


 そんな物を見せられてしまっては、彼女の頭の中が真っ白に成ってしまうのも仕方が無かった。この日の為に何時間も頭の中でシュミレーションし考えてきた言葉が軽く吹き飛び、彼の目を唯見詰め返す事しか出来なくなる。

 願いが一つ叶うのなら、もう時が前にも後にも進む事なくこの瞬間が永遠に成ってくれと心から願った。


 だが、そんな彼女の一途な願いを世界の終わりが聞き届けてくれる筈も無かったのである。



『あと1分でサーバー接続が強制切断されます。今まで本当にありがとうございました』



 游ゴシックの味気ないフォントで表示されたにも拘わらず何故か暖かみを感じるこの世界の遺言ラストワード。

 しかしそのタブを前に、まだ自分の目的を果たせていない白夜の胸中で一気に焦りが燃え上がる。


「後、1分……ッ。ヤバい我慢してたけどッ無理だ、涙止まんない」


「じ、ジーク君……ッ!!」


「ん? どうしたの白夜ちゃん、最後の瞬間を如何やって迎えるかって話?? ジャンプでもッ、する??」


「いえ、その…あの……私も言いたい事があって…………」


「ああッ、ごめん俺ばっかり話してたもんね」


「はい。聞いてッ、くれますか?」


「勿論。最後に白夜ちゃんの話を聞かせてよ」


「あの……私もジーク君と一緒に冒険出来てとっても楽しかったです」


「あははッ、なんか改まって言われると照れるね……。オレも似た様な事言ったんだけど」


「私も恥ずかしいけど、勇気を振り絞ってッ言います」


「…………」



 数度言葉を交わす中で、白夜の纏っている雰囲気が明らか今までと異なるという事に流石のジークも気付いてくる。

 声からは強い感情によって裏返りそうに成るのを懸命に抑えているのが伝わり、茶化しを許さない真摯さがあった。表情は涙目で頬を真紅に染め、彼女が今胸に抱えている物の大きさを物語る。


 そんな相手の姿を見ていると聞く側の方まで緊張が移って、ジークは白夜がこれから発する言葉を何一つ聞き逃すまいと全神経を傾けた。互いの間でまるでプラズマの如く自分と相手の意識が衝突し合っているのを肌でビリリと感じる。

 そして緊張のパラメータが頂点を迎えた時、遂に白夜がその言葉を発した。


「ジーク君……これからは私とッ」





『サーバーとの接続が切断されました』





 しかし、彼女が意を決し自らの人生を賭ける思いで発したその音は虚空の中へと消えた。

 まるで運命がそう遙か昔から定めていたかの様に、白夜のずっと胸に抱えていた言葉はたった一行の世界の終わりに阻まれ、ジークの耳に届く事は無かったのである。


 ヘルズクライシスのサービスが終了し、二人の繋がりは一つ残らず切断されてしまった。

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