第二話 妹の優しさ
ガタッ……………
ヘルズクライシスの世界より弾き出された行き場なき魂が、巨大なヘッドセットを装着しベッドの上に横たわる貧相な身体へと戻って来る。
しかし、意識が覚醒したサインの小さな痙攣が見られたにも関わらず、その器は起き上がるどころか背伸びや寝返り程のアクションさえ起こす兆しは無かった。
依然人知れず孤独死した死体の如く布団の上に転がっている。
(本当に終った……白夜ちゃん、最後何を言おうとしてたんだろう…………)
瞼が閉じたままの真っ暗な視界を気にも留めず、死体は唯考えていた。
凄まじい喪失感に押し潰され、幻想に手を伸ばす力も出ない程絶望した彼には頭の中でグルグルと未練で渦を巻く事しか出来ない。
そしてそれもその筈。ヘルズクライシスたった二人の完全クリア者が一人コード・ジーク、もとい本名『
死体が動けるのはゲームの中だけである。
(明日から何しよう………何もしたくない………………何も思い付かない……………………)
今の疾風の心情を言語化するなら、突然現実を没収され覚めない夢の中に閉じ込められた様な感覚であろうか。
彼にとっての現実とはヘルズクライシスの世界で、現実の方が非現実。
一日の殆どの時間ゲーム上へ意識を置いていた疾風にとって、その空間の喪失は居場所も繋がりも生きがいも過去も未来も全てを無くしたのと同義だったのである。
自分を想像した時頭に浮かんでくる物、その殆どを失って前を向ける人間などこの世に居るのであろうか?
残されたのはこんな貧相に痩せ細った青白い身体、外界の誰からも忘れ去られたカビ臭い部屋、そして……
「お兄ちゃーん、ご飯出来たよー!!」
妹の声が聞こえた、自分を夕飯に呼ぶ声が。
疾風の持っている中で唯一価値のある物、それはたった一人の肉親であり自慢でもある妹との繋がり。そして今その妹が自分の為に料理を作り、待ってくれている。
彼女の時間は自分と違って貴重なのだ。そんな妹の作ってくれた料理を、こんな使い道のない社会のクズが冷まして良い訳がない。
ガボッ………………トン
朝から殆どカロリーを消費していない身体は全く空腹を感じてはいなかった。
だが何としてでも妹の料理を完食しありがとうと言わなければ、そんな使命感に突き動かされ疾風は頭に被っていたヘッドセットを外し、ヨロヨロと起き上がる。
そして木の枝が如く貧弱な四肢にも関わらず恐ろしく重い身体を引き摺って、妹の待つ一階へと降りていったのであった。
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