追放されたい!

@taiyaki_wagashi

追放されたい!

 俺の名前はグエン・チャント。Sランクの冒険者パーティで活動する付与魔術師だ。

 付与魔術師はその名の通り、仲間や装備に強化効果を付与し戦闘を有利に進める役割を担う。有用ではあるが地味な能力だ。

 

「『斬撃強化』付与完了! 今だ、チェイン!」

「おおおッ!」


 俺の付与魔法をまとった剣を振るい、剣士のチェインが魔物に切りかかる。魔物のボスが放った炎の魔法を切り払い、そのまま首を切り落とした。


「へっ、オレたちの敵じゃあねえな!!」


 チェインは魔物の返り血が付いた髪を荒っぽくかきあげた。

 他の仲間もザコの片づけやボスの体勢を崩すなど活躍していたが、一番目立っていたのはチェインだろう。

 

 そのチェインの活躍も俺の付与魔法があってこそだが。

 

 普通の『斬撃強化』ではチェインがしたように魔法を切り払うことなど出来はしない。

 俺は転生時に授かったチート能力『概念付与』により、チェインの剣に『切断』の概念を付与したのだ。地味ではあるが、形のない現象や魔力ですら切り捨てる圧倒的な有用性を誇る。

 チェインはそのことに気付いていない。あの金髪の、明らかにチンピラっぽい男は自分の実力だと思っていることだろう。

 

「おいお前ら! 報酬をぶんどってきたぞ! もちろん一番活躍したオレたちの取り分が一番多いぜ。ほらよ、お前らの分だ」


 街に戻るとチェインは窓口で報酬を受け取ってきた。自分がどれほど活躍したか喧伝するのがうまい男なのだ。

 俺に渡されたのはパーティが受け取った報酬の二割。魔法使いとレンジャーも同じく二割。チェイン自身は四割持って行った。

 パーティの維持に必要な手数料と言ってチェインは報酬を多く持っていくが、それが本当かどうか怪しいものだ。どこかで遊びに使っているのだろう。

 そもそも、俺の実力を見切ることができずに他のぱっとしないメンバーと同等の扱いをしている時点でリーダーとしての観察力に欠けている。

 

 さて、そんな凡骨リーダーが率いるパーティに俺が所属しているのには理由がある。

 それは、パーティから追放されるためだ。

 生前、インターネットで小説を読み漁っていた。ちょうど死ぬ前に読んでいたのが転生モノだ。中でも主人公が追放された先で活躍し、馬鹿な連中を見返すものがお気に入りだった。

 せっかくチート能力を得て転生したのだから、それを実際にやってみたい。

 そんなわけで俺は本来の実力を隠し、チンピラっぽい男が率いるパーティに所属している。

 すべてはいつか、この愚かな男に追放され、実力を見抜けなかったチェインやギルドの連中を見返すために。

 

 ……なのだが、この男は一向に俺を追放しない。一年もせずに追放されると思っていたのだがパーティを組んでもう三年になる。

 とはいえ時間の問題だろう。他のメンバーも少しは実力をつけてきたようだし、新しい付与魔術師を見つければ俺を追放するはずだ。

 まあ、思ったより世話になったのは事実だ。追放された時にもチェインへのざまぁはほどほどにしてやろう。

 追放される日が今から楽しみだ。

 

―――


 あたしの名前はフィル・ファイヤ。魔法使いよ。Sランク冒険者パーティで後衛火力をしているわ。


「へっ、今日の魔物もオレたちの敵じゃあなかったぜ!!」


 なんてチェインは良い気になって酒を飲んでいる。Sランクの魔物を切り伏せたのだから調子に乗るのは分からなくもないけど、相変わらず能天気だ。なぜSランクの魔物を、一撃で倒すことができたのか分かっていないのだから。

 今日の魔物の首をはねたのはチェインだけど、実はその前に魔物は瀕死の状態になっていたの。

 私が放った『火炎弾』のおかげで。

 

 チェインはあたしの魔法で魔物の体勢が崩れたと思っているのだろうけど、あたしの魔法の威力はそんなものじゃない。転生時に授かったギフト『火力全開』の力で、普通の魔法と同じ見た目でも威力は桁違いなの。

 それを何発も浴びた魔物はチェインの攻撃を受ける前から虫の息だったってわけ。

 チェインは大きな顔をしているけど、このパーティがSランクの依頼をこなせるのは私の火力があってこそだわ。

 

 そんな実力不相応なパーティに今も在籍しているのには理由がある。

 生前読んでいたネット小説に、実力を不当に低く見積もられた聖女が追放される、というジャンルがあった。

 聖女を追放した後にその国では問題が続出して聖女を連れ戻そうとするけれど、聖女は追放された先で評価されているから国には戻らない、というのがテンプレだ。

 あたしは聖女じゃないけど、せっかく異世界転生したのだからヒロイン気分を味わいたいってものじゃない?

 実際、このパーティに入るまでは『でしゃばるな』とか『魔法を雑に撃つな』とか言いがかりをつけられて辟易していた。

 いつか悔しがるギルドの連中をせせら笑ってやりたい。だからあたしは今日も今日とて追放される日を夢見て、力を隠して戦っている。

 

「おうフィル、今日は助かったぜ! いいサポートだった!!」


 ……と思っていたのだけれど。

 いかにもチンピラっぽいから、という理由で選んだパーティリーダーのチェインは、あたしの本当の実力を見破る力はないくせに、それなりにあたしを評価しようとする。

 本当のあたしの力はサポート程度じゃない。今日の魔物くらい一撃で消し飛ばすことができる。


「……まあね、あんたも冴えてたじゃない」

「お、そうか?」


 チェインは赤ら顔でニヤニヤ笑っている。

 本当はすぐに追放されてやるつもりだったけど、案外このパーティは居心地が悪くない。チェイン以外の二人はイマイチ何を考えているのか分からなくてアレだけど。

 

 ……まあ、追放されたとしてもチェインにはあんまりひどく当たらないであげよう。

 そう思っている。

 

 

ーーー


 私の名前はラー・チャー。弓使いだ。斥候としての技術全般を身に着けているのでギルドにはレンジャーとして登録している。戦闘時にはスキル『精密射撃』で仲間を支援できる斥候という触れ込みだ。

 Sランクのパーティで活動し、今日も依頼を終えてギルドで食事をしていた。

 リーダーのチェインは酒を飲み顔を赤くしている。フィルはチェインに褒められて得意げな表情を浮かべ、グエンは金を数えながらニヤニヤし、チェインに話しかけられるとまんざらでもなさそうに応じている。

 そんな彼らを一歩離れたところで見ながら食事をつまむ。あまり彼らとなれ合うつもりはなかった。

 

 なぜならいずれ、私は彼らに追放されるだろうからだ。

 

 彼らはSランクの冒険者パーティとして華々しい活躍をしている。チェインは優秀な剣士であり、グエンは強力な付与魔法の使い手だ。フィルは希少な魔法使いであることに加え、その威力は卓越したものがある。

 特にグエンとフィルは実力を隠しているつもりのようだが、見るものが見れば本気を出していないことくらい分かる。

 そんな彼らの中でもっとも地味な、敵を探したり弓矢で射るだけの私は足手まといに見えるだろう。そうでなくとも役には立たないと思われているはずだ。いずれもっと優秀な斥候が見つかれば私はこのパーティから解雇されるはずだ。

 ……実力を隠しているのは自分たちだけだと思ったまま。

 

 本来の実力を見せていないのは私も同じだ。

 私は中衛で弓を射たり短剣で前衛を抜いてきた敵を倒したりチェインのサポートをしている。

 しかし、本来ならそんな必要はない。本気を出せば敵を近づけることなく射殺できるし、前衛を私一人で務めることも可能なのだ。

 なぜなら私の本来のスキルは『精密射撃』ではなく『超速戦闘』だから。

 スキル『超速戦闘』は自分のスピードを上げるだけではなく体感時間を遅くすることができる。普段はこのスキルの効果でゆっくり相手に狙いを定めて狙撃しているが、このスキルは近接戦闘においても猛威をふるう。チェインがさばききれなかった敵を正確に止められるのはこの能力があってこそだ。

 敵の発見や雑魚の掃討はみんなの命に関わることなので手を抜かずに行っているが、チェインたちが私の本当の実力に気付いているとは思えない。

 

 さて、そんないずれ追い出されるであろう実力不相応なパーティに私がとどまっているのには理由がある。

 私はこのパーティから追放されたいのだ。自分でやめるのではいけない。追放されることが肝要だ。

 

 私は超速戦闘スキルの力で順風満帆な人生を過ごしてきた。順風満帆過ぎるほどだ。本来なら冒険者になるよりも好待遇な王宮騎士への道も開けるほどである。

 しかしそれではつまらない。甘いものばかり食べていては舌は甘さに慣れて甘味を感じづらくなる。それは食事だけではなく人生も同じだ。いつも同じ調子では面白くない。

 

 そう思っていたところで一冊の娯楽小説に出会った。パーティに献身していたにも関わらず、それを見破れない愚かなメンバーによって追放されてしまった冒険者の話だ。

 主人公は新たな活躍の場を見つけ、評価され、地位も名誉も財産も手に入れる。そんな物語だ。

 読んだ時には衝撃を受けた。物語の内容ではなく、その構成にだ。

 物語の前半で、主人公は理不尽な扱いによりどん底まで突き落とされる。だからこそ後半に手に入れたものの素晴らしさが際立つ。

 そのことを理解した私は冒険者になろうと決めた。パーティに加入し、陰ながら支え、いつかメンバーに裏切られる日のことを夢見ながら。

 

「ラー、今日はありがとうな。宴会、あんまり好きじゃないのに付き合ってくれて嬉しいよ」


 ……そのはずなのだが。

 このチェインという男は奇妙なことに私を追放しようとしない。他に優秀な斥候や弓使いがパーティに加わりたいと申し出てもそれを断っている。

 理由を尋ねると『弓使いと斥候両方できるお前じゃないと報酬の分け前が減る』と言った。それが嘘か本当か、私には分からない。

 ただ、チェインがグエンやフィルといまだにうまく言葉を交わせない私を気遣ってくれているのは確かだ。

 私が宴が嫌いなわけではなく、ただうまく会話できないだけだと気づきながら、私の自尊心を傷つけないよう声をかけてくれている。

 

 いつか私は追放されるだろう。きっと。そのうち。たぶん。

 その時は楽しみなようで恐ろしくもある。

 

 この男に追放された時、私は心から喜ぶことができるだろうか。普通に立ち直れないほどのダメージを受けちゃったりしないだろうか。

 そもそも追放されることを望んでいるなら、追放されてもどん底には落ちないのではなかろうか。

 どん底に落ちることが目的なら立ち直れないほどのダメージを受けるのは望み通りなのではないか。

 しかしそれで本当に心が致命傷を負ったら立ち直るも何もないのではなかろうか。

 

「……気にしないで」

 

 自分の行動に疑問を覚えながらも私はそこで思考を止め、心地よい今に浸る。

 いつか追放されればわかることだと自分をごまかしながら。

 

 

 ---



 ある夜、冒険者ギルドに併設された酒場のドアが開いた。

 

「悪いけどもう営業時間は終わったよ……ああ、チェインか。ふらついてるじゃねえか」

「こっちに座りなさいよ。お酒苦手なくせに無理して飲むからよ。マスター、水と……食べるものちょうだい。あっさりしてて栄養あるやつ」

「……悪い。助かる」


 朝に近い深夜にも関わらず酒場では店主が酒を用意し、受付嬢が飲んでいた。チェインの姿を認めると受付嬢は椅子を引いて座らせる。店主は受付嬢に言われる前にチェイン用の食べ物と水を用意している。

 青い顔をしていたチェインだが、店主が出した水を飲み、温かい粥を食べると幾分血色がよくなった。

 

「ふう、生き返った。いつもありがとう」


 礼を言うチェインの声は小さくか細いものだった。

 

「他の冒険者になめられないようにって無理してるからよ。面子は大事だけど、それで体を壊したら意味ないでしょー?」

「ごもっとも。返す言葉もない。でも俺が頑張らないとみんなの報酬取り分が減ってしまうから」

「……とか言って、税金の支払いや書類の作成も一人でやってるんでしょ? 無理しすぎよ。あの協調性のない連中にも少しくらいやらせればいいじゃない」

「俺はみんなにおんぶにだっこの身だからさ、できることくらいはやりたいんだよ」

「おんぶにだっこ、ねえ。私にはあの三人がそんなに優秀とは思えないけど」


 受付嬢は酒をあおりながら眉をしかめた。

 チェインのパーティメンバーに対する受付嬢の評価は『能力はある程度高いが、自分勝手で秘密主義、周囲を見下した態度が鼻につく』といったところだ。コミュニケーション能力の低さを考えると厚遇する必要はない。

 受付嬢の評価はギルドや他の冒険者の評価とほぼ同じである。

 コミュニケーション能力を含め高水準なチェインには他のパーティで活躍してもらいたいくらいだ。

 受付嬢の言葉を聞いたチェインは表情を厳しくした。

 

「それは違う。……受付嬢さんとマスターを信用しているから言うけど、あの三人は実力を隠している。本当は俺のパーティでくすぶっているような人材じゃない」

「はい?」


 受付嬢は素っ頓狂な声をあげた。酔っているのかと思ったが、チェインの視線はまっすぐ受付嬢に向いているし表情は真剣そのものだ。


「なんでわざわざ能力を隠すのよ。実力があるならそれを示しただけ待遇も良くなるのに」

「それは俺にも分からない。ただ本気を出していないのは確かだ。このことは他言無用でお願いします」

「たとえ理由があっても手を抜くような連中は信用できないわ。冒険者の仕事は命がけよ。仲間を危険にさらすような連中は評価できない」


 冒険者が受ける依頼の多くは戦闘である。打つ手を間違えれば死ぬことも珍しくない。実力はもちろん、仲間からの信用も冒険者として大切な要素だ。

 いくら実力があろうと、本気で戦わない上に隠し事ばかりでは信用されず孤立する。

 

「確かに、なぜ本気で戦わないのか俺も気になってる。けど、手を抜いているでもないんだ。ラーは必ず先に敵を見つけてくれるし、グエンは防御系の補助魔法をつけてくれる。フィルは魔物に大打撃を与えて戦闘のリスクを減らしてくれる。三人とも自分が目立たないように、こっそりとだけど」


 むしろ安全面に関しては過剰なくらい安心である。

 その理由は『自分の仕事にミスがあれば追放された後に気持ちよくざまぁできないから』というしょうもないものであるが。

 

「チェインが言うなら確かでしょうけど、そうまでして目立たないようにする理由は何かしら。……まさか、指名手配犯とかじゃないでしょうね」

「それはないよ。三人ともコミュニケーションはちょっと……だいぶ……かなり……ヘタクソだけど、悪いやつらじゃない。俺が保証する」


 さすがのチェインも三人のコミュ力に難があることは否定しきれなかった。

 

「受付嬢さんにお願いがあるんだ。俺にもしものことがあったらあの三人のことを気にかけてやってほしい。ほんと、口下手で隠し事多くて何考えてるか分からないやつらだけど、実力は超一級だ。最近はちょっとずつ実力を見せてくれてきている。逃がしちゃったらギルドにとっても大損害だぜ」

「……分かった。その代わり、あんたもそんな『もしも』が無いよう細心の注意を払うこと。チェイン以外にあいつらをまとめられそうな人、私は知らないからね」

「ありがとうございます」


 チェインは深々と頭を下げた。

 

「あいつらが実力を隠すのは相応の理由があってこそだと思う。今の俺の目標は、あいつらにふさわしいくらいのリーダーになることなんだ。そしたらきっとあいつらも秘密を打ち明けてくれる。その時こそ、俺たちは本当の仲間になれるはずだ」


 そう、チェインは照れくさそうに笑うのだった。

 

 

 

 チェインが三人が実力を隠している理由を知って脱力しつつ大規模な魔獣災害を収めるのはもうしばらく先の話である。

 

 

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