鈴木澪の春休み

@simizuakiho

鈴木澪の春休み

「SOS」


 4月1日、私はチャットの音で目を覚ました。そして目をこすりながら文面を見る。初めて見たときには焦ったが今ではもう慣れてしまった。聞き返したりせず必要だと思われるものを持って送り主の家へ行く。


「ナイスタイミング!」


 家へ着いたとたん、そんなことを言われ部屋に連れ込まれた。

 私はこんな早朝に出かけることになった元凶である、鈴木由紀をジト目で見つめる。この女は勉強・運動のどちらにおいてもクラストップレベルの成績を残し性格もいいのでクラスの人気者だ。小学校では児童会長も務め、ある意味フィクションの中の人という感じだ。

 正直に言ってクラスの日陰者である私なんかがかかわる相手でもないはずなんだが6年間同じクラスかつ私の名前が鈴木澪でずっと席が近かったので休日に家を訪ねるレベルで仲良くなった。由紀と関わるたびに明るくて素直な性格に触れて、いつしか大好きになっていた。だから今日も無茶を聞いている。


「ボーっとしてないで早く入って。本当に時間がないから」


 急に呼び出したくせに偉そうだ。


「春休みはあと1週間以上あるんだ。コツコツやれば終わるだろ」


 朝が苦手ということもあり私はぶっきらぼうに答えた。今日呼び出された理由、それは春休みの宿題が終わらないという至極普通のものであった。そうはいても今日は4月1日、まだまだ本気でやれば一人でも終わらせられる範囲だろう。そう思った私の素直な疑問に由紀は


「いやだ!この後は友達と遊ぶ予定がびっしり入ってるから」


 というふざけた回答をよこした。

 帰るか、私が腰を上げると由紀が必死の形相で抱き着いてきた。


「すみません!さっきのは冗談です!だってここの中学の課題休みの日数に対しての量がおかしいじゃん!」


 勢いあまって倒れた私に近づきながら興奮気味に話す由紀。急に近づいて来たから思わず押し返してしまった。とはいえ由紀の言うことも一つの事実。そもそも課題は2月の下旬に渡されていて、そこからコツコツやることを前提にされている。今から初めて間に合うかは微妙なところだ。由紀は頭がいいのでぎりぎりのタイミングを狙って連絡をよこしたのだろう。その頭の良さを他のことに使えないのか……。


「とりあえず、本当にぎりぎりだから早く答えを教えて。ちゃんと持ってきたんでしょ、課題」


 由紀が偉そうに手を伸ばす。どうせここで帰ってもひっきりなしに連絡が届く地獄が始まることは分かっているのでおとなしく課題を出す。私が計画的に終わらしていることまで読んでいるのが憎たらしい。


「それじゃあ算数から読んでいくから。2ページ大問一の(1)17、(2)x=35(3)……」


 度重なる経験の中でこれが最も効率的だと分かっているので由紀がぎりぎり書き取れる速さで答えを読む。



 

 数時間後、日もすっかり上がった時に由紀はすべての解答を書き終えた。複雑な問題が多いだけで量は少ないので答えを移せばすぐに終わった。「手が痛い」なんて言っているが私なんか何の落ち度もないのに朝から喉をからしそうになっているのだ。由紀は自業自得なのだから弱音を吐かないでほしい。


「じゃあ帰るね」


 正直ちょっと眠いので早く帰らせてほしい。そう思ったのだが由紀には通じなかったようだ。


「今日は助けてもらったしお礼させてよ。ちょうど今日公開の映画があったじゃん。一緒に見に行こ」


 断りたいが、目がキラキラしていて断りにくい。これは確実に純粋な善意で言っている。故に断りにくい。


「分かった」


 結局私は押しに負けた。




「それで何を見るの」


 映画館についた私はすでにちょっと不機嫌になていた。映画館は家から遠いのでバスに乗るのだが由紀はそのことを知らず映画のチケット代しか持ってなかった。バス停についた後すぐに家へ帰ることになりその後バスに遅れ次のバスまで20分ほど待つことになった。自分から映画を見ようと言っておいて映画館の場所を知らないとはどういうことだろうか。

 怒ってはいるが由紀も申し訳なさそうにしていてちょっと気まずい。それでしょうがなく私のほうから話を振ったのだ。


「よくある恋愛話だよ。さえない女の子がひょんなことからイケメンな男子生徒と仲良くなってほかの女の子からのひがみにも負けず幸せになる話。ありきたりなんだけど漫画のファンで絶対に見たかったんだ」


 なんというか本当に王道だな。というか結末まではいわないでほしかった。


「じゃあチケット買ってくるから待っててね」

「ちょっと待て」


 早速とばかりに発券しに行こうとする由紀を私は止めた。


「なに?お金なら私が払うからいいよ」

「それはありがたいんだけどそもそも由紀が行こうとしているところではチケット買えないよ」

「へ?」


 流れから由紀のおごりであることは察していたがそもそも由紀が向かっているところは飲食物を買うところだ。おいしそうな食べ物の写真が見えなかったのか、それとも食べ物とチケットを同じところで買うと思ったのか……。もしかして映画館に来たことがないのか?なんにせよ頭が痛くなる。


「私が買ってくるよ」


 仕方なく私が券売機へと向かう。と、そこで緊急事態発生だ。由紀の言う映画がない。どうすればいいんだ?私はいったん列を抜け由紀たずねに行く。


「えっ、あの映画が上映されていないの⁉︎でもネットにきょう上映って書いてあったよ」

「ここ田舎だから上映されてないんじゃないの」

「そんなぁ。じゃあ澪が適当に選んでいいよ。帰るのもなんかもったいないし」


 話し合いの結果丸投げされてしまった。私はあまり映画を見ないので何がいいのか分からない。結局適当に制服を着た女の子が主人公の映画を選んだ。もともと恋愛を見るつもりだったし、私の偏見では制服を着た女の子は大体恋愛をするのだ。



「映画館ではお静かに」の精神の下、由紀とも一切会話せずに見たが隣で泣いているのがよく分かった。私が恋愛ものだと思っていた映画は確かに最後に幼馴染の男子生徒といい感じの中になったのだから恋愛ものといえるだろう。が、シリアス展開が多すぎた。おかげさまですごく感動したが私が求めていたものは甘酸っぱい青春でありこんなものではない。


「澪ぉ、めっちゃ感動した。」


 でも横で泣いている友人は満足そうだしいいか。まだ半日しかたっていないのに春休みが始まって一番いい日になった気がする。ずっと春休みが・・・・・・「ずっと春休みが続けばいいのに」


 澪もおんなじことを考えたようだ。言葉の意味は私と違うだろうがまったく同じことを考えていたとは何となく嬉しい。こんな小さなことに喜んでもいいことなんてないのに。

 物語はいいよな。結局ハッピーエンドになるのだから。小さなことから気分が沈むのは私の悪い癖だ。


 物語の登場人物だって逆境に抗うために頑張っている。何もしないやつには何かを祈る権利もないのだろう。


「どうしたの?寝不足?」


 由紀が話しかけてきたことで私の思考はストップした。顔を向けると純粋に心配している由紀の顔があった。


 優しい由紀に思いを伝えても困らせるだけだろう。だから言わない。


「なんでもない」


 でもいつか、恋人までとは言わなくても由紀にとっての唯一無二になれたらいいな。


「大好きな人の体調は気になるのに・・・・・・」


「何か言った?」


「なんでもないよ」


 由紀の言葉を聞き逃すなんて・・・・・・。自己嫌悪に陥りながら私の春休みは終わった。



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