お正月完売

そうざ

"New Year" Sold Out

 元旦早々、コンビニのバイトのシフトが回って来た。どうせ今年も大した年にならないんだろうなぁと溜息をいていると、午前六時くらいに挙動不審の小父おじさんが足早に入店して来た。白髪を振り乱し、コートの前を肌蹴はだけさせ、マフラーはほどけて今にも床に落ちそうだ。

「あのあのっ、おおお〔お正月〕あるっ?!」

 息が弾み捲くり、額から汗が滴っている。しきりに眉をしかめるようにするのは、ずり落ちて来る黒縁眼鏡を表情筋だけで持ち上げようとしているかららしい。

「〔お正月〕ですか……? あ~、もう売り切れちゃってますねぇ」

 俺は涼しい顔で答えてやった。

「ないのっ? 一つもっ? 全くっ?」

「はい、大晦日の内に完売しましてぇ」

 そう言いながら、俺はレジ横の『お正月は売り切れました』の貼り紙を目線で示してやった。

「ここも駄目かぁ~っ」

 小父おじさんは悲嘆の裏声を上げると前屈みになり、膝に手を置いて深く項垂うなだれた。薄くなった頭頂部が汗で光っている。項垂れた弾みで眼鏡が床に落ちたが、直ぐには拾おうとしなかった。

「いつもならちゃんと年末に買っとくんだけどね、仕事で色々トラブルがあって、先方にぎりぎりまで納期を延ばして貰って、しゃかりきになって頑張ってたらすっかり忘れちゃってさぁ。女房もいつの通り俺が買ってるだろうと思って準備してないし。あ~、失敗した~っ」

 俺は、聞きたくもない個人情報に取り敢えず相槌を打ちながら、薄暗い店外の様子をうかがった。歩道に人影は見えない。この居心地の悪さから解放してくれる新たな来客はなさそうだった。

「ご近所さんの手前もあるし、上司とか同僚とか、女房の実家にも年始の挨拶に行かなきゃなんないしさぁ、俺、婿養子なんだよぉ。学生とか独り身ならまだ良いけど、会社勤めで所帯持ちとなると、世間体と言うか建前と言うか、格好が付かないじゃなぁい? そもそもさぁ、もっと余分に仕入れておくべきじゃないのぉ?」

 案の定、一人語りの方向がクレームに傾き始め、俺は今年二発目の溜め息をいた。

 その後、小父おじさんは『最近の若者は駄目論』や『昔は良かった論』を展開させ、ようやくとぼとぼと出て行った。きっとこの後も近隣のコンビニを巡ってみるのだろうが、その足取りはすっかり重そうだった。

 どうしても欲しいのならば、三日待てば良いのだ。三が日が過ぎれば〔お正月〕は途端に廃れ、何処かで余っていたものが放出される。プレミアなんて付きはしない。あっと言う間に只同然で出回る。運が良ければ、未開封のまま打ち捨てられたものが手に入るかも知れない。

 そもそも〔お正月〕なんてものは毎年代わり映えがしない。そんな事は誰でも知っている。去年の〔お正月〕を取って置いて使い回せば事足りるのに、決まってまた新品を買い求める。不条理極まりないが、〔お正月〕とはそういうものなのだろう。

 漸く外が明るくなって来て、人影が見え始めた。もう直ぐシフトの交替だ。

 俺は、自分用にこっそり取っておいた売り物の〔お正月〕をそっとリュックに仕舞った。独り身の学生でもやっぱり〔お正月〕は欲しい。どうせ今年も大した年にならないんだろうなぁと思っていてもだ。

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お正月完売 そうざ @so-za

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