31

 自分の体が消えていく感覚が私を襲う。なかなか体験できないぞ、と楽観視していた。だって転生したらまたアンジュに会えるのだから。そう信じているから、一時の別れは悲しくもない。


 ある種の達成感に満ち溢れ、比較的穏やかな気持ちでいた。




 あの場所から消えてから、どこかに飛ばされたような感覚に陥った。その瞬間フワリと柔らかな風が頬を撫でる。それを合図にゆっくり目を開けると……


 陽の光が燦々と照らす森が広がっていた。人の手が加わっていない自然美、それを祝福するような太陽光、そして太陽に愛され喜びサワサワと鳴る葉。


 あまりの美しさに、思わず涙が出てしまっていた。


 そんな私を慰めるように風がそよぎ、さらに今度は蛍のような淡い光が私の周りに集まってくるようになった。まだ昼間なのに、実に不思議だ。


『如月 瞳さん』

「は、はい」


 私以外誰もいないはずなのに、突如脳内に流れる声。それすらもとても穏やかで、頭で考える前に返事をしていた。


『死神の仕事、お疲れ様でした。』

「あ、いえ、そんな……」


 見知らぬ人(?)に労われる。その事にむず痒いような幸せを感じた。


「あ、あの……ここはどこか聞いても良いですか?」


『勿論です。ここは狭間、転生の順番が回ってくるまでの間死人の魂が暮らす場所。所謂天国、と表現すると分かりやすいでしょうか。その場所の中でも一層奥にある【転生の森】。それが今いる場所です。』

「転生の森……」


『はい。瞳さんは死神の仕事を全うされたので、転生の許可が降りました。それも、また同じ名前で。』

「同じ……」


 思っても見なかった未来に、疑問が頭を埋め尽くす。


『はい。そして運命を変えてきてください。』

「運命……?」


『死神になるような運命を、です。』

「……分かりました。」


 ようやく言われた意味を理解し、納得した。


『今度こそ、間違われないように。』

「ええ、それは。……もう誰も巻き込みたくないので、多分大丈夫です。」


 アンジュのことを頭に浮かべ、フッと自嘲の笑みが漏れる。もう、アンジュのことも殺さないように。気をつけなければならない。


『それを聞けて安心しました。……では、そのまま真っ直ぐ進んでください。その先にあなたの未来が待っていますから』



『良き人生を』



 その言葉を最後に、聞こえていた声は途切れた。背中を押されたような一言に、次こそは間違えないようにと一層意気込む。







 さて、ここでのんびりもしていられないだろう。そう考え足を踏み出す。


 サクサクと踏みしめる芝が、サワサワと揺れる草木が、フワフワと舞う光の粒が、私を応援してくれているようで、背中を押されているようで。だんだん早足になっていく。


 奥へ、奥へ、進むたびに光が強くなっていく。それでも歩みは止めない。



 光が一層眩しく輝いたその時、フッと意識が遠のいていった。









「瞳ー!起きなさい!」


 リリリリリ、とけたたましく鳴り響く音と、母の大声で目が覚めた。


「瞳、今日から高校でしょう!? 初日から遅れるなんて無様な真似はよしてちょうだい! ……あら、あなた……悲しい夢でも見たの?」

「え……?」


 珍しく母が心配そうに聞いてきた。悲しい夢……?


「なん、だっけ……覚えてないや」

「そう。じゃあ早く準備しなさい」

「はい」


 そう、覚えていない。覚えていないのだ。私は一体どんな夢を見ていたのだろう。悲しい? それとも苦しい?


 いや、それは違うような……。一人、部屋の中で首を横に振る。


 どちらかと言えば、そう、優しい……


「……あ、早く準備しないと」


 真新しい玲北高校の制服に手を付ける。








「新入生代表、如月 瞳」


 何とか遅刻することもなく、入学式にも間に合った。余裕の表情で壇上に立ち、言葉を並べる。その役も終わりそこから降りていくと。


「在校生代表、渡辺 鈴佳」

「……?」


 その名前を聞いて、理由もなく涙が溢れた。悲しくもないのに、何故、何故……


 今日は朝からおかしい。悲しくもないのに涙が溢れるし、あの人を見てどこか懐かしいような、嬉しいような、不思議な感覚になるのだ。








「あ、クロ〜!」


 入学式も終わりぞろぞろと教室に戻る道すがら、何やら奇声を発してこちらに向かってくる人が一人。あ、在校生代表の挨拶をした人だ。


 その人は満面の笑みを浮かべて、私に突進してきた。その勢いで後ろに倒れそうになるも、その人が支えてくれたおかげで醜態を晒す事なく済んだ。


 が、それとこれとは話が違うのだ。しっかり抗議させてもらう。


「どなたですか? 見知らぬ人に突進されては困ります。」


 私の言葉を聞いたその人は、サッと絶望の色を顔に滲ませた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る