30 アンジュside

「これからの未来、アンジュを一生幸せにしていきます!」


 クロの宣言を間近で聞き、俺はその熱量に圧倒される。


 これまでのクロは、いつも過去を見つめていた。それなのに今、クロは未来に目を向けて俺を幸せにすると言ったのだから。


 どんな心境の変化があったのだろうか。想像する事は少し難しかった。


「あの、アンジュさん……?」


 そんな風にツラツラととりとめなく流れる思考は、クロの震えた声で現実へと引き戻された。俺が何も言わないから不安になったのだろう。


「あ、と……宜しくお願いします?」


 好きな子からのプロポーズ(仮)を受けて──欲を言えば俺から言いたかったけど──嬉しくないはずがない。即答した。


 最後が疑問形になってしまったのは、ほら、あれだ。思ってもいなかった方向からの会心の一撃をもろに食って、頭が追いついていないんだよ。うん、そうだ。きっとそうに違いない。


「あの、無理しなくて良いからね? というか急に何言ってんだって話だよね?」


 押し付けがましかったよね、と泣くのを我慢したような震え声で自己嫌悪に陥るクロ。あぁ、そんな顔させたいわけじゃなくて!


「ち、違う! あのね、嬉しすぎて頭が追いつかなくてさ、ずっとこれからも傍にいてくれるんだって思ったら、あの、ええと、」


 自分でも何を言ってるか分からなくなった。確かこういうのを支離滅裂って言うんだっけ……?


「嫌じゃ、ない……?」

「とても嬉しいです! これは俺の本心です!」


 ハッキリキッパリ言い切ると、クロはようやく安心したのかホッと息を吐いた。


「俺からも言わせて。俺もクロを幸せにするので、傍にいてください!」

「勿論喜んで!」


 そういったクロは口元を緩め、嬉しそうな声色で即答した。





 こんな日常が続くのだと、俺は信じてやまなかった。死神の代替わりはもうすぐそこに迫っていたにというのに。








 それから二日も経たないうちにそれは起こった。朝、ご飯をいつも通り作り、そしていつも通りクロが起きてきて、いつも通りそれを食べる……つもりだったのだが。


「おはよーアンジュ」

「おはよう、クロォォォオオオ!?」


 叫んでしまったのも何らおかしくない状況だったのだ。というのも、起きてきたクロの体が少し透けていたのだから。こう、まるで幽霊を見ているような。


「クロ、な、なんか変なものでも食べた?」

「そんな拾い食いする程飢えてないよー? どうしたの?」

「クロが、透けてる……まるで幽霊みたいに!」

「ちょっとー縁起でもない。って言うかもう私達死んでるから幽霊そのままじゃない?」


 そう笑い飛ばすクロ。しかしそれも一瞬のことで。スッと真剣な表情で一つ心当たりが、と言う。


「もしかしたら……代替わりかも?」


 なんてことないように発せられた言葉に、俺は動揺した。だって、まだ心の準備出来てなかったから。


「ってことは俺達お別れ?」

「そう、なるね……」

「っ……! けんけん呼んでくる!」

「私も行く」


 いつ消えるか分からないから、と言うクロと一緒にけんけんの部屋まで向かった。







「どうやら死神の方が天使より先に逝くみたいだね。」

「ちょ、待ってよ先代! 俺は、俺はどうすれば!」


 けんけんも急な出来事に取り乱す。こんなけんけん初めて見る。


「けんけん、大丈夫。死神の仕事だってもう完璧にこなせるようになったし、傍にはいないけど私達が付いてる。けんけんのこと、向こうで待ってるから。全うしてきて。」


「そんな……先代……」

「アンジュも。先に逝ってるね」


 自分でも死期(?)を悟ったのだろう。クロは俺達二人にさよならを告げる。待って、まだ行かないで。心の準備はまだ出来ていない。


 そんな俺の内心を嘲笑うようにだんだんと透けていくクロ。背後にある椅子が床が壁が見える程薄くなっていく。もう時間なのだろう。




 その時、透けた体に耐えられなかったらしい包帯がハラリと舞い落ちる。そこから覗くクロの目は名前に相応しい綺麗な黒い瞳が隠れていた。


「あは、最後の最後で二人の姿を見れて、良かった……ありが、と」


 キラリと光るクロの瞳からツウ、と一筋の涙が溢れ、それがタツ、と床に零れ落ちた時、もうクロの姿はそこには無かった。

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