27

 あれから一夜明け、今日からけんけんに死神の仕事を教えていくことになる。


 色々な意味で意気込んでしまうな。私と同じ自殺者に関わること、その子に辛い仕事を教え込むこと、エトセトラエトセトラ……


 そんなことをツラツラと考えながらフンスと気合を入れてリビングへと向かう。


「けんけん!? なんかボロボロだけどどうしたの!?」

「……」


 なにやらリビングからワイワイとアンジュの騒いでいる声が聞こえてくる。けんけんも一緒にいるらしいことは騒ぎ声から察せられるが、何があったのやら。


「おはよー、二人とも、何かあった?」

「クロ聞いて! けんけんの服がボロボロで土や葉っぱみたいなのも付いてるみたい! けんけんに何かあったんじゃないかって俺心配で……!」


 緊迫した雰囲気を断ち切る思いで私が声をかけると、アンジュは見えない私にも分かるように細部まで教えてくれた。


「あー……」


 なんかそれを聞くと思い当たる節があるというか、なんというか、死神になりたての頃の私と同じことをしたんじゃないか、というか……


 なんとなく事情を理解してしまった私は、取り敢えずけんけんにこれだけは言っておこうと口を開く。


「けんけん、私達は霊体だから傷一つつかないよ。って言うかそのことを伝えるの忘れてたよ、ごめんごめん。」

「え、なになに、何の話?」

「……それはこの一晩で重々理解しました。」


 アンジュだけは話についていけず、一人オロオロと声を震わせる。一方のけんけんは重苦しい声でそう言う。


 もしかしたらけんけんはこの一晩中、幾度と自殺を図っていたのかもしれない。私もこの死神という役職に就きたくなくて飛び降りたけど、まあ、死ねなかったよね。それと同じことをしていたのだろう。


 幾度と試しても一度として死ぬことは許されず、狂ってしまいそうになっていたりしたかもしれない。


「……さ、この話は終わりにして、ご飯食べよっか。」


 自分がもたらした死は、結局救いなんてものではなくて。だって本当にそれが救いだったのなら、今、私はここで死神の仕事なんてしていない。


「……アンジュには後で説明するから、取り敢えずご飯食べよ?」

「……ラジャー」


 小声でアンジュに伝え、二人がかりで話を変える。








「さあて、腹ごしらえも完璧に出来たって事で、けんけん、初仕事行くよ。」

「……うっす」


 無理にでも上げた私のテンションを、一言でバッサリ切っていくけんけん。途轍もなく不服そうな声色だったなぁ……。まあ、分からんでもないけど。でも、


「けんけん。見ていて、人が死んでいくところを。見届けてあげて、ターゲットの最期を。」


 それが唯一私達死神に出来ることだから、それだけは理解してて欲しいな、とだけ伝えた。








 今日は初日ということもあるので、まずはいつものように私が狩っていく。けんけんは見学、ということで後をついてきてもらうことにした。


「っ……」


 見ているだけとは言え、人が目の前で死んでいく様を、それを助けられない無力さを、けんけんはヒシヒシと感じているのだろう。息を呑む音が印象的に聞こえる。


 もしかしたらけんけんの中で、鳴らないはずの心臓音が五月蝿く鳴り響いている最中なのかもしれない。


 ピンと張り詰めた緊張感が辺りを埋め尽くす。


 そんな中、私は無心になって魂を狩っていく──








「けんけん、今から魂の番人のところに行きます。狩った魂を番人に届けるまでが死神の仕事です!」

「うっす」


 狩りから帰ってきてすぐ、番人の所に行くために書斎の本を引いた。するとゴゴゴと本棚が動く音が。


 これにはけんけんも感嘆の音を漏らしたようで。『わぁ……』だなんて声が聞こえた。ふふ、少し気が紛れたかな?


「じゃあ今から呪文を唱えます。定型文と、その後にそれぞれの声でそれぞれの言葉を鍵にして開けます。けんけんの分も設定するから、考えといてね?」


 考える間は数十秒しか与えない鬼畜仕様は先代と同じで。え、あ、うん?、と狼狽えるけんけんの声が聞こえてきた。




「ぶふっ……」

「ちょ、クロさん……そんな笑わないで欲しいんすけど……」

「いや、ついにこの時が来たか、と思うと面白……感動的で。」

「面白いって言ってるじゃないっすか! もう……」


 けんけんの文言はどうやら『ビビデ○ビデブー』にしたらしい。魔法使いかな?

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