26
黒澤くんとアンジュはワイワイとお喋りに花を咲かせる。その中に私はなかなか入れなくて。まあ、無理に割り入るつもりも無いんだけど。
今黒澤くんには心身ともに休息が必要だ。それもなるべく死から遠ざけながら。だから二人がお喋りに夢中に(?)なっている間だけでも私は静かにしていようとしていたりする。
余計なお世話かもしれないけど、少しでも彼の辛さを和らげてあげたくてね。もしかしたら自殺者同士、何か私にも出来るんじゃないか、と私が思いたいのかもしれない。
「ねぇねぇクロー、なんか良い呼び名ないー?」
そんな私の心の中なんて知らないアンジュは私に話を振る。
「え、と……そうだなあ……」
何も考えていない時に話題を振られた、と内心焦る。冷や汗をかきながら急拵えの答えを探していった先にあったものは、
「あ、健次郎だからけんけん、とかは?」
随分安直なものだった。
「あー、アンジュさんのよりはマシなんでじゃあそれで。」
わー、黒澤くん改めけんけんの投げやり感が凄まじい。声色からも『メンドクサイ』と聞こえてくるようだ。
「じゃあけんけん、よろしく〜」
「あ、うっす」
アンジュの嬉しそうな楽しそうな声に対してけんけんは冷静。意外とけんけんはドライな性格なのかもしれない。
「じゃあ今日はとにかくゆっくりして、明日から追々死神の仕事を覚えてもらうようにしようか!」
話が纏まったのを見計らって話題を変える。するとけんけんは嫌そうに質問をした。
「……それって俺がやらなきゃ駄目なんすか?」
「ゔ……そう、だなぁ……」
けんけんの質問は最もだ。私も死にたての頃は同じことを思っていたくらいだし。
だが、今になって分かる。私達には時間が必要なのだと。もちろん休息目的もあるし、自分の人生を見直す目的もある。
今は嫌だろうがなんとかこの時間に対しては納得してもらおう、と考えを巡らせることにした。
「私も最初は同じこと考えていたんだけど……ええと、取り敢えず自殺者は皆就かなきゃいけないから、ええと……」
「ルール、っすか」
「うーん、そうね、今はそう考えてもらって良いよ。」
「……?」
「あ、なんでもない。深く考えなくて良いよ!」
これは誰かから言われても納得出来なければ意味がない。だからなんとか言葉を濁しておく。
けんけんはこんな答えでも一応嫌々納得してくれた。
「……うっす。まぁ、そう決まっているなら今ここでクロさんに言っても現実は変わらないっすもんね。分かりました。やります。」
「ありがとう。……じゃあけんけんこれからよろしくってことで、とびっきり美味しいご飯でもてなすよ! ……アンジュが。」
「俺かいっ! まあ、良いけどさ。」
とびっきり美味しいのだなんて随分ハードル上げてくれちゃってぇー、と言葉の割にアンジュは嬉しそうだった。
「美味しい?」
「……」
ほかほかご飯を食べながら、私は先代と同じ言葉をけんけんに掛けてみる。するとけんけんは何か言いたそうにハクハクと空気だけを漏らす。ああ、今けんけんが考えていること、なんとなく分かる気がする。
美味しいを感じる余裕は無くて味が分からない、
けれども美味しいと返事をしなきゃ、
でもそんな中だけど嘘はつきたくない、
エトセトラエトセトラ……
まあ、推測の域を出ないけど、こんな感じじゃなかろうか。というより私がそうだった、と言う方が正しい気がするけど。
「ねぇけんけん、好きな食べ物ってある?」
「……ええ、と……確か……うんと……肉?」
食べ物に執着しなくなると、自分が何を好きだったかもあやふやになってしまう……のは私もだったなぁ。
「肉ね、よし来た! 明日は何肉使おうかな……」
少し暗くなりかけた場の空気をアンジュは明るくしてくれる。そのことに感謝しながらアンジュにばかり任せていられない、私に出来ることを頑張ろう、と今一度意気込むのだった。
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