19
あの一件からアンジュの気がいい感じに抜けたようだ。声質が以前より柔らかくなった、と私が感じる程だから。
表情が読めればアンジュの感情をもう少し正確に感じ取れただろうが、まぁ、この包帯を外す気にはなれなかったからそこは諦めざるを得なかったのだが。
「クロ、今日の仕事もお疲れ様。」
そう言ってアンジュは私の頭を片手で引き寄せ胸に抱く。その後アンジュはもう片方の手を私の背に置き、私はアンジュにすっぽり収まる形になる。所謂抱擁とか言われるやつだ。
これも『アンジュの気が抜けた』一件後から始まった。アンジュ曰く自分もそうされて安心出来たから、らしいのだが……その真意はよく分からない。
「クロ、いつでも泣いて良いんだよ? 俺の胸はいつでも空いてるからね〜」
ぽふぽふと私の頭を背を撫で、冗談めかして呟く。
「……アンジュ?」
「あ、ちなみにクロが一人で泣いているのを俺が見つけたら、次のご飯を全品ナス料理にするからね?」
「げっ」
すごく怖いことを言われた! 苦手な食べ物を引き合いに出すのは卑怯だ! そう抗議するようにジタバタと手足をばたつかせるが、アンジュの腕力の方が上を行くもんで押さえつけられてしまう。
が、どうにかナスは諦めてもらわねば。死活問題ってやつだ。ご飯は美味しく食べたいし。
ということで抗議の意味を持たせてぷくーっと頬を膨らませると、アンジュは一段低い声で囁く。
「ちなみに昨日の夜、部屋で一人泣いてるの聞こえてきたんだけど? クロさん?」
「……」
心当たりがありすぎてピシッと体が固まる。ついでに冷や汗もダラダラ湧き出てくる。バクバクと鳴らないはずの心臓の音も聞こえてきたような気もする。ああ、幻聴ってやつか……
どうにも挽回出来ないと悟ると、私の頭は現実逃避を始めた。しかしその頭は実に優秀らしく、現実逃避をしているのにも関わらずアンジュの声はハッキリと拾う。
「はぁ……俺がいるってのに、クロは一人になろうとするんだもの。怒りたくもなる……というよりも寂しい、の方が正しいかもね。頼りにされてないんだって。だからさ、泣き虫のクロさんは大人しく俺の胸の中で泣いてしまいなさいな。」
先程とは違う、優しい声。泣いて良い、だなんてアンジュしか言わないよ。この前も、今もそうだけど。
「っ……」
人前では泣かないように、しっかり者であれるように、泣き虫は一人の時だけに晒け出すしかなかった。それなのにこの人は……
本当私を泣かせるのが上手い。じわりじわりと目頭が熱くなるのを感じた。あ、涙が……
「今日もお疲れ様」
なんの音も聞こえないアンジュの胸に額を押し付け、私はいつのまにか泣いていた。
「お願いだから一人で泣かないでね、クロ」
どんなに狩りの仕事をこなしても、積み重ねても、どうしても一人になると思い出してしまう。死にたくないと嘆く声、死なないでと懇願する声、そして人が死ぬ場面を眺めているしか出来ない自分を。
「ぐずっ」
いつもより少ない時間で泣き止んだらしい。なんか無性にスッキリするような気もする……? 鼻をすすりながらぽやんと考える。
するとその間にアンジュの手(らしきもの)が涙で濡れた私の両頬を撫でる。
「クロの涙を拭うのは俺の役目だと良いなぁ……」
「ぐすっ、アンジ、ュ……なんで、そんな優、しいの?」
まだ息が整わない中、ふと感じた疑問を投げかけてみる。
「うーん、そうだなぁ、クロを甘やかしたいなって思ったんだ。」
「……?」
なんかはぐらかされたような気がするが、アンジュが楽しそうだから良いとするか。その分私もアンジュの力になれるように頑張れば良いのだから。スンと鼻をすすりながらそう考える。
「ふふ……いつか、ね。」
そんな呟きの後、私の頭頂部に何かが触れた気がした……?
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