18 アンジュside

 結局あの後俺が夕飯を作り直し──さすがに真っ黒に焦げ焦げた炭は食べられないと思って……ね──、今は食後のお茶をテーブルに置いて一息ついたところだ。


「あー……上手く作れると思ったのにー……」


 机に額をガンガンと何度も打ち付けながら何度もそう呟くクロ。そしてその後また何度か打ち付けた後『痛い……』とか言って額をさすりだした。なんか小動物みたいだn……ゴホンゴホン、なんでもない。


「せっかくアンジュに美味しいって言ってもらおうと思ったのになぁ……」

「っ……」


 しゅんと拗ねたように絞り出された言葉を聞いた俺は思わず息を飲んだ。もしかして俺を気遣ってくれたのか、と。


 そう思い至ったらもう、何と言うか……心からブワァッと湧き出た喜びが全身を駆け巡る。


「何が駄目だったかなぁ……やっぱり無計画で食材を取り出したのが悪かったかなぁ……」


 そんな喜びも中途半端に、クロが次に発した言葉に乾いた笑いを零してしまった。確かに慣れないうちはそれも難しいことだろうけど、よく分からずにフライパンの中身へ火を入れたのが悪手だったのでは、と。


「アンジュの緊張を取る作戦だったのに……」


 ぶすーっとむくれるクロの頬を人差し指で突いてみると、頬に溜まっていた空気がプスっと抜ける。


 その様子が何故か面白くて、俺はクスクスと笑ってしまう。


「アンジュ〜?」


 その笑い声を聞いたクロはムッと口を歪ませる。


「ふふ、ごめんごめん、なんか面白くて。」

「……」


 素直に白状するとクロは一瞬息を止め、その後フッと息をついた。


「まぁ、アンジュの緊張が取れたなら良いけどさー。」

「うん、ありがと。」

「……さて、アンジュの緊張が取れたところで、私はそろそろ部屋に戻るかな。」


 お茶を飲み干してからガタッと椅子から立ち上がるクロ。俺の様子がいつもと違うのを分かっていながら、無理に聞き出すことはしないらしい。


 でも俺はクロに聞きたいことがあるし、クロに俺の話も聞いて欲しいと思った。だから咄嗟にクロの腕を掴み引き止めた。


「ちょっと待って。」

「ん?」

「……聞いて、欲しいことがある。し、聞きたいこともある。」

「いいよ。」


 クロは椅子に座り直し、俺の話を聞く体勢になった。その顔には笑み(多分)が浮かび──口元しか見えないから確証はないのだが──、俺を緊張させないような配慮を感じた。


「あ、えと……俺の話の前に、クロに聞きたいことがあるんだ。今日狩った魂、えと、交通事故の人達なんだけどさ……どうなったかな?」


「そうだなぁ、番人は特にこれといって言ってたわけじゃないから推測でしかないけど、大丈夫、生きているうちに悪いことしてなければちゃんと狭間に……分かりやすく言えば天国に行けて、次の転生に向けての準備が始まると思うよ。」


「そ、っか……良かった。」

「もしかして、アンジュが死んだのって……交通事故?」


 クロは俺の言動からそう推測したらしい。俺はフッと目線を落とし、カラカラになった喉をお茶で潤してからまた話す。


「……うん。だから死んだ時のことを思い出しちゃったりして……不安になって、ね……」


「そっか。そりゃあ自分の死んだ時のことなんて思い出したくもないよね。交通事故となると特に突然だものね……死を受け入れる間もなく、ってことでしょ?」


「うん。だから実はまだちょっと受け入れられてなくて……」


 湯のみを両手で掴み、震えそうな手を制する。


「そうだねぇ……そりゃあすぐ死の恐怖を克服しろって方が無理だよ。」

「うん、だからまだ交通事故とか車とかがちょっと苦手……というか恐怖で全身が竦むんだよね。」


「そっか……話してくれてありがとうね。私もちょっと気をつけてみるよ。」

「う……ごめんね。」


「謝らないの。アンジュこの前言ってたじゃん『私達は相棒なんだから』って。だからこれからもっとたくさん好きなこと嫌なことを話していきたいな。」


 そう言ってクロは立ち上がり、俺の目の前に立つ。


「……ありがとう。」

「私にアンジュのトラウマを取り除く力なんてものは無いけど、アンジュの力にはなりたいな。」


 クロは椅子に座る俺の頭を抱える。クロの胸に耳を当てても心臓の鼓動なんてものは聞こえないけれども、クロの優しさに触れてほんの少しだけ涙が出てしまったのはここだけの秘密だ。

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