17
複雑な胸の内を端に寄せながら館に戻ってきた。ふーっと一息つき、さて頭を切り替えて夕飯でも食べようかと考えていると、
「クロ……あの、さ……」
「ん? どした?」
「その……」
アンジュの普段とかけ離れた言葉の詰まりに、私は内心首を傾げる。
「今日、の……さ、」
「うん。」
「………………」
何か伝えたいことがあるらしいが、言い出し辛いことなのだろう。それならここ、書斎で立ち話するよりも座って話した方が良いのでは?
そう考えついた私は話の途中ではあったが言葉を挟み込む。
「あ、あのさアンジュ! き、今日は私が夕飯作って良い? いつもアンジュばかりにお願いしていたけどさ、ふこーへーじゃん!?」
「え、あ、えと……?」
「話したいことがあるなら、ご飯食べながらか、食べた後にしよう? 腹が減ってはウンヌンカンヌン、って言うし?」
「う、うん……?」
なんか勢いでゴリ押したようになったが、まあ、結果オーライだろう。緊迫した空気が少しだけ緩んだのを肌で感じたから。
アンジュside
クロは俺の緊張やらなんやらを感じ取ったのだろう。急にご飯を作るだなんて言い出した。俺は別にそれを負担だとか考えたこともなかったからとても驚いた。
「アンジュはそこで待ってて! 私にだって料理出来る……はず!」
途轍もなく不安な言い回しをしながら台所に立ったクロを、俺は背後から眺める。大丈夫かな。意気込んでいる所に水を差す気は無いけどね、心配ではある。
クロの優しさを感じた俺の心は緊張を解いたようで、少し心のゆとりが出てきた。
フッと息を吐き、クロの動きをジッと見つめることにした。
「えーと……何作ろう?」
ノープランで冷蔵庫を開けるクロ。とにかく手に取ったものを使おう、みたいな空気を感じ取った。大丈夫かな。
クロが手に取ったのはほうれん草と豚肉。おお、それなら野菜炒めみたいにすれば良いんじゃない?
「ええと……確か肉は火を通さないといけなかったよね……?」
そう呟きながらフライパンを取り出したクロは、油もしかずに豚肉を炒め始めた。そしてその後すぐにほうれん草を切ることなく投入。
「あ、そうだ!」
良いこと思いついたと言わんばかりにクロはフライパンを傾け、その中に火を入れ……
ドォン!
たら爆発した。
「くくくクロォ!? 大丈夫ぅぅう!?」
「大丈夫だよ〜」
こちらを振り向いたクロの包帯と前髪は真っ黒に焦げていた。うん、大丈夫ではないな。
「怪我はない?」
「あー、大丈夫大丈夫。どんなに怪我しても死なないし! というかもう死んでるし!」
アハハ、とあっけらかんと笑うクロ。ええと、これが死人ジョークというやつか……?(混乱)
「あ、でもフライパンの中身の方が大丈夫じゃないかも? アンジュ、ちょっと見てくれない?」
とてて、と俺の方に駆けてきたクロはその中身を見せてきた。
「あー……炭だね。」
「あばばばば」
素直にフライパンの中身の様子を伝えると、クロは慌てだした。
「ちょ、クロ落ち着いて!」
「アンジュに美味しいご飯作ってあげたかったのに……」
あわあわあわ、と慌てふためくクロ。俺としては料理よりもその心遣いが嬉しいというのに。
「ありがとう。その気持ちだけ受け取るね?」
そう言ってから、俺はいつものように台所に立つことにした。
ほんの少し、ほんの少しだけ心が落ち着いた。これならクロにも話せると思う。
俺が死んだ時のことを。
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