16(※)

 死神の仕事を頑張ろうと決めて、また幾ばくか経った。最近は泣くことも少なくなり、なんとかやっていけている。


「さて、今日も狩りに行きますか! アンジュ、今日も資料の読み上げお願いします!」

「はいよ〜……ええと、これだね。……わぁ、複数人ってもんじゃないや。ええと……」


 カサ、と紙の音が鳴る。人と場所、死に方を漏らさず聞く体勢を整えるが、アンジュの息をのむ音しか聞こえなかった。


「アンジュ……?」

「……ああ、ごめんごめん。交通事、故……だって。ば、場所、は……」


 必要な情報は得た。が、どうしても歯切れの悪いアンジュが気になってしまう。


 こんな時表情が読めたら、と考えるが、目に巻いた包帯はどうしようもない。とにかく言葉にしようと決める。


「アンジュ……どうしたの?」

「え? ああ、なんでもないよ。うん、本当に。」


 明らかに挙動不審な音を出すアンジュ。今の私にはその言葉と物音でしか情報を得られないのだから、そこは正直に言って欲しかったところはある。前私を救ってくれたように、私もアンジュの助けになりたかったから。


「っていうか、今回狩る魂多いけど、持ち切れる?」

「うん、そこは大丈夫。なんかそういう時用のバッグがあってね……あれ、どこだっけ」


 たしかこの書斎のどこかにあるはず、と手当たり次第探ってようやく見つけたそれ。斜めがけのそれは某青い猫が持っているポケットのように、見た目より多くの魂を一時的に仕舞っておける優れものだ。


「てれれてってれ〜、斜めがけバッグ〜(ダミ声)」

「あ、はい。」


 急にモノマネを始めた私に、アンジュは冷めた声で返事をする。もう、ノッてくれても良かったのに。……まあ、いいか。


「これがあれば結構な大人数分も入るから心配ないよ。」

「ああ、成る程。」

「うん。ということで行ってくるね。」

「……行ってらっしゃい。」


 いつもと様子の違うアンジュを置いていくのも心配だが、取り敢えず狩りの仕事は終わらせないと。人が死ぬ時間というのもあるし。








 死神の仕事を頑張ると言っても、やはり人の死を間近で見続けるしか出来ない立ち位置にはヤキモキする。そんなことを鎌を振り回しながら考える。


「よし、全部回収出来たかな。……あれ?」


 最近は目で見なくても魂の在り処を感じられるようになった。そんな私だからこそ気がついた違和感。


「体から抜けかけた魂が近くにある……?」


 そんなはずはない。この交通事故で亡くなった魂は全て回収したし、近場で他に狩るだなんて資料無かったはず。


 おかしいおかしいと思いながらも、その魂の元へ急いだ。他の死神がいなかった時の保険として。






 走って走ってたどり着いたのはどこかの喫茶店のような場所。そこでほぼ抜けかけた魂をギリギリ狩り取る。周りに他の死神はいないようで、何かおかしいと思いながらも回収した二つの魂をバッグに入れる。


「ああ、やはり人の死に顔は美しい。」


 そんな中、生きた人間が一人。それの発する言葉は途轍もなく狂っていた。


 ここで回収した魂はもしかして、この人が殺し、た……


 そう考えると自分の持っている鎌で衝動的に掻き切りたくなってそれを振り上げる。が、死者が生者に手を出すのはご法度。振り下ろす既のところで気がついて手を離す。


「っ……」


 狂った犯人が早く捕まって欲しいと願いながら、その場を後にした。それしか、死人の私には出来なかった。







「今回もよく来た。さぁ、魂を渡して貰おう。」


 その言葉の後、元々回収予定だった魂を渡し、今回のイレギュラーを番人に話す。


「あ、あの、番人!」

「なんだ?」

「資料には載っていなかった魂を回収しました。」


 かくかくしかじか。その時の状況などを説明し、その時回収した魂二つも差し出す。もちろん館に戻ってからアンジュに調べてもらったが、この二つの魂は本来狩る予定ではないものだった。


「……あいつは幾人殺せば気が済むんだ……」


 ポツリ、番人が苦しそうに呟いた。


「あいつ、とはあの狂った犯人のことですか?」

「ああ。……我ら死者が生者に手を出すのはご法度。だから我らはその狂人に対して何も出来ない。犯人が分かっているのに何も出来ない……なんとも歯痒いものだ。」


「……」

「だから願おう。生者があやつ……テラーと名乗るやつを罰することを。」

「……はい。」


「回収されたこの魂、豊永 ひまりと桑 洋子は今日死ぬ運命では無かった。故にこの魂も異世界に送ろう。上手く寿命を消費してきて欲しいと思う。それしか我に出来ることはないからな。」

「……はい。」


 私達死人は生者を罰することも、この手で生者を幸せにすることも、何も出来やしない。出来るのはただ、願うことのみ。

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