15

 泣き喚く音しか響かなかった自室にコンコン、と扉をノックする音が加わった。その音によって一瞬で我を取り戻し、溢れた涙を袖でゴシゴシと拭き取る。


「クロ〜、ちょっと今いい?」


 私以外の人といえばアンジュしかいないが、こんな涙でぐちゃぐちゃな顔は見せられない。例え、包帯で顔半分隠れていたとしても。


「いばじゃ……」


 涙を流しすぎて鼻がズビズビだ。話す前に鼻をかんで……


 スッキリしたところで扉の外にいるアンジュに話しかける。ちなみに涙はなんとか根気で止めた。心の中ではまだ号泣しているけれども。


 涙の余韻としてしゃくりあげながらも、なんとか言葉を紡ぐ。


「そ、それは、今、じゃなきゃ……駄目なの、かな?」

「うん。」

「……」


 どうしよう。今の今まで泣いていただなんて思われたくない。泣き虫は嫌われる。


 取り敢えず隠蔽工作としてこの包帯だけでも変えたくて、アンジュに待ったをかける。


「ちょっとまっ」

「ああ、やっぱり泣いてた。」


 が、時すでに遅し。アンジュの声が真正面から聞こえ、アンジュの手(らしきもの)が私の両頬を撫でる。涙の跡をなぞるように。


「……、」


 気配を消して私の目の前に現れたアンジュ。それに私は驚いて内心での号泣も息もピタリと止まってしまった。


 気配が無かった、だなんてまるで幽霊みたい……いや、幽霊か。アンジュも、私も。


「ねぇ、クロ。俺達は相棒なんだよ? そりゃあ、まだ出会ってから日数もあまり経っていないから、まだ一心同体とまではいかないだろうけど。でも、それでもさ、クロは今、一人じゃない。」

「……」


「一人で泣かれるより、俺に『悲しいよー!』って言ってくれた方が断然良いな。だって俺達は相棒なんだから!」

「……」

「ね、俺の相棒さん?」


 ……何故アンジュは見ず知らずの私なんかに心を砕いてくれるんだろうか。その暖かい優しさを直に感じ、止まったはずの涙がジワリと滲む。流れ落ちないようにギュッと顔に力を入れ、なんとか踏ん張った。


 アンジュはというと、ぽすんと私の隣に座って話を聞く体勢になったらしい。


「ほら、話してごらん。」


 アンジュのその優しい声に、私は心の中に溜まっていたものを思わず吐き出してしまっていた。


「……悲し、かった……のかな……分からないんだ……」

「うん。何が分からないの?」


「……私は死んだ……自殺した……楽になりたかったから……」

「そっか」


「でも私が死んだから……お母さんは置いていかれることに敏感になった。……でも自分の行動は否定したくない。死ぬ直前までずっと苦しいと思ったのも、死ぬことでしか自分は救われないと思ったのも、本当だから。だから、だから……」

「うん」


「何が正しくて何が悪かったんだろうって……もう頭の中はぐちゃぐちゃなんだよ……」

「そっか……そうだなぁ、確かに難しい問題だねぇ……」


 ウンウン、と唸るアンジュ。私の問題なのに、こんなに真剣に考えてくれるなんて……。有り難い気持ちと申し訳ない気持ちでいっぱいになり、ギュッと口を横に結ぶ。


「でもさ、クロ。一つだけ言えることはあるよ。」

「え?」


「もう二人とも死んだっていう事実はどうやっても変えられないってこと。何が正しくて何が悪かったかをどう判断するかは、判断する時々で変わるだろうけど、死んだ事実だけはどうしても変えられない。」

「う、うん……」


「だからそのことについて反省はしても、後にズルズル引きずることはしないで、もし気になるなら償いとして……えぇと、例えば今のクロに出来ることといったら死神の仕事かな。それを頑張る! とか。」

「そ……っか。そうだね。確かに。」


「過去はどう頑張っても振り返ることしか出来ないじゃん? だから前を向いて未来を変えていくしかないんだよ。それが、死んだ後だとしても。」

「そう、だね……未来、か……」


 太陽のようなアンジュの言葉たちのおかげで、少しだけ、少しだけ心が軽くなったような気がする。


 まだ死んだことによる後悔やらなんやらで内心ぐちゃぐちゃだが、それでもほんの少し、そんな心に光が差した。

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