13(※)
「クロ、今回のターゲットは桜井 鉄朗、享年46、過労死……あ、こっちも同時刻だ。笹田 祥子、享年104、老衰……へぇ、老衰かぁ……」
包帯で見えない代わりに、アンジュが私の目として資料を読み上げてくれる。それを頭の中に叩き込み、私は気合いを入れる。
「分かった。じゃあ狩りに行ってくるね。」
「はぁい、いってらっしゃ〜い」
アンジュの挨拶に背中を押されながら、いつものように大きな鎌を持って現世へと向かう。なるべくアンジュの前では気丈に振る舞っていたが、彼の気配が無くなった途端に憂鬱が私を襲ったのを見ないフリして。
街の中心部だからだろうか。ターゲット以外が発する物音が激しい。気配と音でしか判断出来ない私にはこの喧騒が少しキツい。
「──ああ、そうしてくれ。……ああ、ああ。分かった。じゃあまた。」
ターゲットの声を辿り、その後ろに付いていくことにした──どうせ誰にも見えないのだから良いだろう──。
まだ死ぬ時間では無いらしくシャキシャキと早足で歩くターゲットに、私は必死に小走りで後を追う。
小走りをしばらく続けていると少し息が上がってきた。私、死人なのに疲れるとか感じるのか、と驚きながらも走り続ける。
「ったく、仕事が終わらねぇな。今日は何分眠れるか……」
ポツリと零れたターゲットの独り言は、死ぬ直前まで仕事であると暗に示していた。
不幸自慢をしたい訳ではないが、私は人に恵まれなかっただけで幸せだったのではなかろうか。いや、その人に恵まれることこそ私が望んだものだったのに。いやいやそれでも……
グルグルと変に思考が彼方に持っていかれる。……ああ、駄目だ。仕事に集中しないと。魂の狩りは片手間に済ませて良い仕事ではないのだ。
人の死は死神がキッチリと見守らなければならない。ただ魂を狩れば良い訳ではないのだ。
ブンブンと頭を振って物理的に思考を断ち切る。
「ぐっ……」
ちょうどその時苦しむ声が耳に届く。嫌な時間が来てしまった、とターゲットの声以外がパッと聞こえなくなった。カクテルパーティー効果、だったか。そんな感じだ。
「っ……」
ああ、何度体験しても慣れない。慣れるはずがない。苦しんでいる人の目の前に自分がいるのに、助けられないなんて。何も出来ない悔しさでギリ、と鎌を持つ手を握りしめる。ジワリと目が滲むのも自覚出来た。
「……誰か、誰か……」
私の声は誰にも聞こえない。だから私が助けの声を上げても意味がない。ターゲットは今死ぬ。それは確実に起こりうる未来なのは分かっているが、それでも死んで欲しくない気持ちが大きくて、誰に聞こえなくても声を上げる。
「誰か気付いて……そして病院に……!」
何故私は死んでしまったのだろう。生きていればこの人を助ける術もあったのに。触れることすら叶わないこの身が憎く思えてきてしまう。
でも死にたかった自分も本当だ。なら私はどうすれば良かった?
堂々巡りになる思考回路。それは頭の中でグルグルとかき混ぜられ、だんだん気持ち悪くなってくる。
「大丈夫ですか!? 私の声が聞こえますか!?」
「救急車!」
ようやく誰か生者が気付いてくれた。そのことに一瞬だけホッとして、私は一つ息を吐いた。
と、安堵したのもつかの間、ターゲットの魂はゆっくりと体から抜け出始めた。
やっぱり未来は変えられないのか。毎回同様の落胆からポタリと包帯を伝って涙が一粒零れ落ちる。
「それ、では……鉄郎さんの命は……頂いていきます……ね……」
ポタポタと涙を落としながら、私は大鎌を振るう。
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