12

 アンジュが来てから三日は経ったが、その間中ずっと私の調子が狂ってばかりだった。


『ご飯作ったんだー。一緒に食べよ?』

『あれ、ここってテレビ付くんだ……なんか不思議。』

『今日のおやつはなんと! メレンゲクッキー! 食べよ!』


 とまあ、こんな感じ。私の手伝い(主に事務仕事)もきっちりこなして、更にご飯を作ってくれていたりする。アンジュにばかり負担を強いている気がして、私は申し訳ない気持ちに駆られていた。


「なんか……毎回ごめんね、作らせちゃって。」


 その申し訳なさと、やっぱり今でも美味しくご飯を食べられていないという罪悪感。それらがごちゃ混ぜになった謝罪は果たしてアンジュに伝わっているのかいないのか。私の察する能力が足りず、真実は分からなかった。


「だ、だから今日はわわわ私が作るよ!」


 料理なんて生まれてこのかた──もう死んでるが──やったことはない。しかしアンジュにばかり苦労はかけられない──私達に食事が不必要だったとしても──。そんな思いで提案するが。


「あー良いの良いの。俺料理すんの好きだし。半分は趣味って感じだし。だから気にしないで!」

「う、うん……」


 アンジュのその言葉に、私の意気込みはしょぼぼんと消えていった。


「さ、クロは何が食べたい?」

「……そう、だなぁ……」


 ハッキリ言ってしまえば、今は何を食べても同じ。だから何て答えるのが正解か、私はしばらく悩んだ。


「あ、無理にとは言わないよ。じゃあそうだなぁ……アレにしよう!」


 アンジュの勢いに飲まれて一つも案を出せなかった。結局今日のご飯は何になったのだろうか。



 ご飯を食べても美味しくない、だなんて言いながらもアンジュの作ったご飯を待ち遠しく思っていたことに、この時の私は気がついていなかった。







「はいクロ、今日のご飯は……アンジュ特製定食でっす!」


 目の前に置かれたのは音から察するにお盆と見た。定食と言っていたから色々な種類の料理がお盆に乗っているのだろう。


 なんか良い香りがするのは分かる。が、さすがに香りだけでは何の料理かまでは断定出来なかった。


「じゃあ、食べよ。いただきます!」

「うん。いただきます。」


 手を合わせ、まずは汁物から。ホカホカな湯気を立てるそれに息を吹きかけ、少し冷ます。ズズ、と一口啜ると味噌の風味が口に広がる。これは……豚汁? 色々な具材が入っていて飲むとホッとして……


「おい、しい……」


 ……美味しい?


 久し振りに感じたそれをゆっくりゆっくり自覚していくと、何故だかジワリと目が滲んできたようで。目頭が熱くなってきた。


「お、ヤッタネ! ほらほら他のも食べてみてよ!」

「うん……うん!」


 美味しいと感じられることがここまで嬉しいと思うなんて想像していなかった。


「それは豆腐ハンバーグだよ。」

「うん……美味しい……」


 何故急に美味しいと感じられるようになったのだろうか。分からない。分からないが、一先ず今はこの幸福感を味わっていたい。そんな気持ちで箸を進める。


「それはほうれん草の胡麻和え、ご飯は白米だよ。あ、あとデザートもあるから楽しみにしてて!」


 アンジュの心遣いに感謝、だな。知らず知らずのうちに私の心は救われていたんだろうから。


 ここ三日程、調子が狂っていたと言っていたが、もしかしたらそれにも助けられていたのかもしれない。


「……」


 ああ、情けない死神だ、私は。出会ってからずっとアンジュに助けてもらってばかりのようだし。何か返せることがあれば良いのだけれど……。私に出来ることは何だろう、そう思える余裕が出てきた。


 明日の狩りの仕事、頑張ろう。死んでから始めて前向きになれた気がした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る