10 アンジュside
俺は死んだ。しかしその魂は次の転生へと向かうことなく、この世とあの世の間に引き止められた。そしてそこにあるのが天使協会とかいう場所だ。
俺はそこで天使として仕事をするために先輩から色々教わり、満を持して俺の仕事場である『死神の館』へと向かった。
緊張していた。緊張しすぎて鳴らない筈の心臓がバクバクと音を立てていたような錯覚にすら陥った程。
死神課所属の天使は、相棒となる──相棒ではなく上司だと考えている人もいる──死神様との相性を見てそれぞれ配属される。だから見知らぬ死神様をそこまで恐れることはないと頭では分かっているのだが、それでも心配は尽きない。
「ほら、挨拶しなさいな!」
先輩に背中を押され、なんとか目の前にいる小さな女性──といっても身長のことである。年齢的には同じくらいか──に緊張しながら挨拶をする。
「はいっ! 俺は死神様の元で共に働く天使です! えと、な、名前はありませんっ! よ、よ、よろしくお願いしまっふ!」
どうやらこの死神様は目が見えないらしい。包帯で隠された両目は俺を映すことはない。だからこそ見た目以外の部分での印象を良くしておきたかったというのに……初っ端の自己紹介で噛み、羞恥で顔は真っ赤になる。
ああもう、いっそのこと笑って欲しかった。穴があったら埋まりたいとはまさにこのこと。……まあ、俺の身体は既に火葬されて土には埋まっているだろうが。精神的に埋まりたいという意味だ。うん。
「じゃあ君はアンジュだね。」
そう言って口元を緩めた死神様は優しい人なのだろう──噛んだことは結構いじってきたけど──と直感した。この優しさのおかげで、今までの緊張が消えた気がした。
「うっす! ここでの俺の名前はアンジュですね!」
「うんうん、名前も決まりましたし、改めてよろしくお願いします!」
そう言って手を差し出してきた死神様。俺はその手を取ってブンブンと大袈裟に振る。何度も言うが死神様は目を隠しているからね、それ以外の部分で表現しなければ俺の気持ちも伝わらないと思うし。
「死神様、こちらこそよろしくお願いします!」
「あー、アンジュさん……そのことなんですけど……」
「なんすか?」
ホンワカ歓迎ムードになっていた矢先、何か言いたげに口を歪ませる死神様。それを見て首を傾げながら返事をする。話の先を促すと死神様は数秒モゴモゴと口を動かす。その後決意したかのように深呼吸をし、口を開く。
「あの、死神様とか敬語とか使われると少し……ええと、なんて言えばいいでしょう……そう、堅苦しくて! だから、私にはタメ口で良いですよ! というかお願いっ!」
死神様は俺がいる(だろうと死神様が見当をつけた)方向へクルリと向き直り、パチンと両手を合わせて拝み始めた。ついでに言えば包帯で隠されていて一度も見たことのないはずの死神様の目がウルウルと潤む幻覚まで見え始める程で、死神様の必死さは充分伝わった。
「わ、分かった! そうするから拝まないで! 一応俺は死神様の部下っていう位置付けだし、死神様もタメ口で良いっすから!」
「ホント……?」
「本当本当。で、死神様って言われるのも嫌なら呼び名考えないとだよね?」
「うん……」
俺にネーミングセンスというものは備わっていないけど、大丈夫かな……? そんな不安を頭の中からなんとか追い出して死神様の呼び名を考える。
「じゃーあー……クロとかはどう?」
「アンジュさーん、それ完全見た目から取ったよね?」
「うん。」
死神様の黒いふわふわな髪、黒いローブ、黒い靴……
それを見たら一番合う呼び名なんじゃないかって思っちゃうじゃあないか。
「うーん、まあ、私は呼び名にこだわりは無いからなぁ……」
「駄目?」
「ううん、せっかく付けてくれた呼び名だからね。私はクロだ!」
「うんうん、クロ、よろしくね!」
「アンジュもよろしく!」
俺の仕事は死神様の補佐、とは聞いているが具体的な仕事内容は知らない。もしかしたら辛いものかもしれない。知らない恐怖はあれど、クロと一緒なら大丈夫な気がした。
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