4 先代side

 ひーちゃんに死神の仕事を初めて教えた日の夜。僕は一つ気がかりがあってひーちゃんの部屋の前に音もなく立っていた。


「……うぅ……」


 ひーちゃんの部屋の中から、しゃくり上げる声と鼻をすする音が聞こえる。ああ、やっぱり一人で泣いてた。


 目の前で人が倒れ死に逝き、それを助けられない僕達しにがみの立ち位置。それはそれは心に負担がかかるものなのだ。想像してみればなんとなく意味は分かるだろう。


 そのストレスをひーちゃんは涙として体から排出しているらしい。かれこれ数十分はここにいるけど、泣き止む気配がない。


 まあ、僕も毎回心臓が張り裂けそうに痛むけど、これも死神の仕事だからと割り切るようにはしている。というかそうでも思わないと今にも発狂しそうなのだ。


 そんな状況に僕はまだ慣れているから──人の最期を見届けるのに慣れるのも嫌なものだが──まだいい。ひーちゃんは今日が初仕事だったのだ。今までにない心への負担に、ひーちゃんが潰れてしまわないかと僕は心配している。


 というかそもそも死神とは『自殺者』が死後総じてなる職業。元々死ぬ前から追い詰められていたというのに、死んでなおこの仕打ち。何故ここまで苦しまなければならないのか、と何度も何度も考えた。


「……」


 しかし僕にはひーちゃんの心を助けることは多分出来ないだろう。そう思い至り、ふいっとひーちゃんの部屋に背を向けて僕は自室へと戻ることにした。







「はぁ……」


 自室のベッドに仰向けで倒れ込む。そんな間も考えるのは後輩ひーちゃんのこと。


 そういえばひーちゃんの第一印象ってその名の通り『瞳』が綺麗だなー、だったな。そんなことを不意に思い出す。


 確かに死にそうな、絶望したような色も含まれていたが、それ以上にひーちゃんの瞳は澄んでいて綺麗だった。


「あれを今以上に曇らせたくはないよなぁ……」


 生前に何があったかは僕も知らない。とても苦しい思いをしてきたのだろうことしか分からない。そしてそれに上乗せされるように、死後いま死神の仕事がひーちゃんに降りかかっている。


「ひーちゃんが潰れないように、あの澄んだ瞳を消さないようにするには……」


 僕は一晩中考えるのだった。








「おはようひーちゃん! 今日も清々しい朝だね!」

「お、おはようございます。」


 ああ、一晩中泣いてたんだろうな。ひーちゃんの目が赤くなることは無かったが──僕達は霊体だからね、死ぬ直前の姿を取り続けるんだよ──疲れた表情をしている。


 僕はそんな鬱屈した雰囲気を吹き飛ばすようにテンション高く話しかけることにした。


「ねぇねぇ、僕考えたんだけどさ。」

「はい?」

「ひーちゃん、目に包帯でも巻いてみたら?」

「……はい?」


 あはは、『先代頭大丈夫?』みたいな表情を浮かべているよひーちゃん! まあ、僕の主観も混じっている例えだけどさ。


 ああ面白い。顔にも声にも出さずになんとか笑いを堪え、僕は昨日のうちに取り寄せた包帯をひーちゃんに渡した。


「はいこれ。」

「……一体何がどうなっての包帯なんですか?」

「まあいいじゃん。それで目を隠したまま死神の仕事をこなしてもらおうかなって!」

「ええと……?」

「まあまあ、深く考えなくていいよ! ってわけでほら早く!」

「わ、分かりました。」


 なんとか理由は言わなくてもゴリ押し出来た。ある種の達成感が僕の中で湧き出る。はぁ、これで第一難関は突破。


 これで五感の一つ、視覚を奪ったことで『死』が僕達にもたらすストレスを軽減……出来たら良いなぁ。


 そんなことを僕が内心考えているうちに、ひーちゃんはクルクルと両目を隠すように包帯を巻いたことでひーちゃんの顔上半分が包帯で隠された。これから表情を読むにはひーちゃんの口元とひーちゃんの纏う空気を感じろ、ってことになるんだねー。そこは僕が頑張ろーっと。


「うんうん、いいんじゃない? じゃあ今日も死神の仕事頑張ってこー!」


 今日も長い一日が始まる。

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