3(※)

 現世に降り、目的地へと歩く。その場所に一生ついて欲しくなかったが、歩いているということは絶対についてしまうというもの──誰だ、もう死んでるから一生も何もないと言ったのは──。


「……」

「……」


 ガヤガヤと人混みをすり抜け──文字通りすり抜けた──、目的地にやって来た。電車の駅のホーム、それの端っこ。


 ポロロン……


 電車がホームに入るのを知らせる音が鳴る。それを先代と二人でジッと見つめる。この後の出来事が想像出来てしまい、バクバクと心臓が音を立てる。冷や汗もジワリと滲む。呼吸も浅くなる。


 私はもう死んだはずなのに心臓の音が聞こえるなんて、と現実逃避したくなったが、先代はそれを許してくれなかった。


「ひーちゃん、見ておくんだよ。人が死ぬところを。」


 先代がそう言った瞬間、ドンとターゲットの背中を誰かが押した。


「おまっ!?」


 そんなタイミングで電車は目の前を通過し、その音を最期にターゲットは息途絶えた。


 その瞬間を逃さずに先代は持っていた大鎌──私の背丈よりも大きいやつ──をブンと振り、ターゲットの体から魂を切り離す。


 こちらに戻ってきた先代の手に乗っていたのは半透明の球だった。ほら、と目の前に差し出されたそれを手に取ってみると、ほんのりと温かいことが分かった。


「これが体から切り離した魂だよ。」


 これが……


 人の死を間近に見て、感じて、ジワリと泣き虫な私が顔を覗かせた。多分相当ショックだったんだと思う。だが先代に悟られないように俯いて涙を堪える。


「じゃ、帰りますかー。帰ったらお茶しよーねっ?」


 今までで一番明るい先代の声を聞いた。多分私の心情を思ってのことだろうことはなんとなく分かったが、それに対してどう返事をしたかは自分でも分からなかった。







「さて、ひーちゃん。今から魂の番人のところに行くよ。」

「……はい。」


 屋敷に戻ってきた私達は、書斎らしき場所へと行き着いた。もちろん、先程狩った魂を持って。まだ心の整理はつかないが、物事はグイグイと進んでいく。悲しむ余裕もない。


 先代はたくさんある本棚のうちの一つに向かって歩き、それの中にある一つの本を半分取り出した。するとカチリと音が鳴り、ゴゴゴ……と本棚が左右に動く。


 その奥から覗くのは分厚い鉄の扉。開けるのが大変そうな程頑丈に見える。


「あ、そうそう! この扉を開ける鍵は死神の声と文句。今からひーちゃんの声でも開くように設定するからね! 定型文の後に自分だけの言葉を付け加えるから! そうじゃないと開かないからね! ほらほら考えて!」

「え、急に言われてもっ!?」

「じゃあ僕に続いて復唱してね!」

「え、ちょ」

「迷える魂裁く在り処へ、我、導き給え!」


 私の戸惑いを無視して先代は先々へと話を進める。ほら早く復唱して、と先代は私の背中をポンと押す。


「……ま、迷える魂裁く在り処へ、我、導き給え!」

「ほら、扉を開ける文句文句!」


 小声で急かす先代。えと、えと、扉を開ける扉を開ける……


「……ひ、開けゴマ!」

「ぶふっ」


 急かされたお陰で頭が回らなかった。一番最初に思いついたそれを大声で唱えると、ギギギ……と重い音を立てながら扉が開く。


 その音に紛れて先代が吹き出したのは、隣にいた私には丸聞こえで。私がキッと睨むと、先代はヘラっと笑ってそれを受け流す。くっ、なんか釈然としない。


「ほら、行くよ。」

「……はい」


 扉の先、真っ暗な空間を進む──






「北の死神よ、よく来た。さあ、魂を我へ。」


 真っ暗な空間を幾らか進んだ先から、地を這うような低い声が聞こえてきた。人間とは思えないそれに驚き、肩を一度震わせる。


「ほらひーちゃん、魂……」

「あ、はい。」


 先代に言われるまま魂を……どこにどうすればいいんだ? 声の主に差し出すのだろうことは推測出来たが、その声の主がどこにいるかも分からないし、差し出し方に特殊性があったのなら私にはサッパリ分からないし……


 取り敢えず自分の顔の前に魂を掲げてみた。私の手の上でふよふよと浮くそれを今一度ジッと見つめ、さてこれをどうすれば……と頭を捻る。


 すると人間のものとは言い難い手(のようなもの)がニュッと現れた。ここは光の入らない暗闇の中だというのに、何故手が現れたのが分かったか。それは理解出来なかった。


 まあ、空想の世界の住人である死神も私の隣にいるしなぁ……と思考を止めた。多分考えても答えなんて出てこないし、出てきた答えは私の想像をはるかに超えるものになるのだろう。


 その手に寄っていくようにして魂はふよふよと移動する。


「ふむ……ついに彼奴は手を掛け始めたか。」

「え?」

「……いや、気にするな。こちらの話だ。」

「は、はぁ……」


 何があったのかは分からなかったが、大人の事情ならぬ番人の事情があったのだろうと思考を放棄する。


「ではまた頼む。」

「はい。」


 その言葉を合図に、さあ戻ろう、と先代に背中を押された。私は一度魂の番人がいるであろう方向に会釈し、屋敷へと戻った。

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