2

「さ、お食べ。」


 死神さんに手を引かれてダイニングテーブルの席につき、幾ばくかして。コトンとスープ皿が置かれた。多分これはポトフとかいうやつではなかろうか。ホカホカと温かい湯気が立ち上っている。


 恐る恐る皿に触れてみるとツルツルの陶器の感触と、料理が放つ温かさを手に感じた。


「ポトフだよ。変なものは入ってないから、気にせず食べて。まあ、変なのが入ってても死なないけどね!」

「……い、いただきます。」


 ケラケラと笑う死神さんをスルーしてスプーンを手に持つ。そしてそれでポトフを掬って躊躇なく口に入れる。先代の言う通り、毒が入っていようが関係ないだろうと考えながら。まあ、毒で再度死ねたらそれはそれで僥倖なんだけど。


「……」


 先代は対面の椅子に座り、こちらを凝視しながら黙り込んでしまった。とても気まずい。


「……味はどう?」

「……味、ですか……」


 正直言って味は分からない。いや、味覚障害とかではなく、なんというか、美味しく食べられない。美味しいと感じる頭が機能しない感じ、と言っても良いかもしれない。実際は美味しいのかもしれないけど。


 死ぬちょっと前くらいからずっとそうなのだ。何食べても美味しいと感じられない。好きだった料理でさえも。未だにそうであるからこそ、先代にどう答えようかと考えて沈黙してしまった。


「……ふふ、そっかー。ま、時間は腐る程あるからさ、心配しなくても良いと思うよー。」

「え?」

「まあ、僕もそうだったから、とでも言っておこうかな。」


 そう言ってまたケラケラと笑う先代。何を言いたいのか、私には分からなかった。







 いつものように一睡も出来ずに迎えた翌日。まあ、だからといってどうというわけでもないのだが。


 昨日とは別の部屋に案内されて一晩過ごし、前もって用意されていた服に着替える。白いブラウスに黒のリボンとスカート。靴や靴下までも黒。その上に真っ黒のローブ。全身真っ黒な装いにどこか喪服を連想させる。


 そしてローブは先代も同じものを身につけている。もしかしたらローブが死神の正装なのかもしれない。


 そんなことを考えながら着替え終えたタイミングで先代は部屋のドアをノックした。


「おはようひーちゃん。よく眠れたかい?」

「……おはようございます。」


 ここ最近はずっと眠れていない。が、だからどうしたというのだ。別に今はもう死んでるから不眠で死ぬことも無いだろうし。ということで挨拶だけを返す。


「あはは、まあ、すぐには無理だよね。僕もここ来たばかりの頃は眠れなかったし。あ、またひーちゃんとお揃いだねっ」

「……はぁ、」


 この人にどう答えたら良いか分からず、曖昧に声を漏らす。しかし先代はそれに触れずに話を変えた。


「さて、と。今日から早速死神の仕事を覚えて貰おうと思うんだ!」

「はぁ、分かりました。」

「その前に朝ごはん、だね!」


 今日もヘラヘラとおちゃらけた先代に、少しだけイラッときてしまったのは仕方なかったと思う。







「さて、死神の仕事を始めよーっ」

「……オネガイシマス。」


 朝食を済ませてより一層テンションが上がった先代。ちょっとそのノリにはついて行けなさそうなのでスルーする。


「死神の仕事はズバリ! 死人の魂を回収して魂の番人に渡す。それに尽きるっ!」

「はぁ……」


 あまりピンと来ない言葉に、曖昧な声だけが漏れる。


「まあ、これ以上に言葉として言えることは無いし、実際僕の補佐として動いてくれれば多分追い追い理解出来るよ!」

「わ、分かりました。」


 死んでなお仕事をさせられることに怒りが無いわけではないが、今それを先代にぶつけても現実は変わらなそうなので黙っておく。


「じゃあはい、この書類見て。」

「これは……」

「今から狩りに行く魂の情報だよ。この書類があったから僕はひーちゃんの名前も知ってたんだ〜」

「へぇ……」


 その書類には名前や顔写真、年齢、死因などなど情報が細かく載っていた。そしてそれの一番下にはサインが出来そうな空欄が。


「ああ、その空欄は狩り終えた後にサインするんだ。番人にちゃんと魂を渡しましたよーってね。」

「へぇ……」


 先代の説明を聞き、私が初めて狩る(補佐だけど)魂は誰なのかを書類で確認する。


「寺長根 志貴。死因……」


 思わずくしゃりと顔が歪んだのが自覚出来た。それもそのはずだ。説明を聞くよりも一層、この書類を見ることで『死』を身近に感じてしまったから。


「ひーちゃん、大体の情報を頭に入れたら行くよ。」

「……どこに?」


 どこに、なんて分かりきっている。分かりきっているが、それでも違う答えを返してくれるのではないかと期待して先代をジッと見つめる。


「魂を回収しに。」


 しかし無残にも先代はハッキリそう言った。

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