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 目が覚めた。パチリと開いた目は見慣れない天井を映す。


「……?」


 あれ、私、死んだはずなのに……何故目覚めたんだ?


 まだぽやんとした頭で、私は最期を思い出していた。私は屋上から飛び降りて、そして重力に従って落ちていった。その感覚は体が覚えている。


 ……まさか生き延びてしまった、とか? ……うーん、でもそれは有り得ないかな。だって体がどこも痛くないんだもの。


 生き延びたとしても『落ちた』のは確定事項なのだから、絶対どこか打ってるはず。トランポリンにでも上手く落ちない限り痛みがないだなんておかしい。


「あ、起きた?」

「……誰?」


 そう色々と思案していると、音もなく視界の中に入ってきた見知らぬ男の人。その人はニコニコヘラヘラしていた。


「ああ、怪しまなくていいよ。僕は……死神さ。」

「……はい?」

「で、君が僕の後を継いで次代の死神になるんだ。」

「……え?」

「まあ、説明は追い追いするとして。取り敢えず……呼び名を決めなきゃかな? ええと、瞳ちゃんだからぁ〜……ひーちゃんとか良くない?」

「……は?」


 私、まだ何も把握していないのに、呼び名を勝手に決められた。何が起こっている? 私はそこまで馬鹿ではなかったような気がするけど、今起きている状況は何一つとして理解出来なかった。


「ああそうそう、ここでは生前使っていた名前は使っちゃ駄目だよ? 真名には力があるからね。」

「……は、はぁ。」

「じゃあさ、まず場所を変えてこれからの話をしようか。」


 そう言って死神さん(仮)が手招いた。急展開に頭が追いつく間もなかったが、一応今の所この意味不明な現象についての手掛かりはこの人だけなので、警戒しながらもついて行くことにした。


 着いた先はリビングらしき場所。随分大きなお屋敷みたいだなぁ、と道中ぼんやり考えていたが、ここもそうだった。とても広くて綺麗。


「好きなとこ座って〜」


 そう言われて、今いる場所から一番近いソファーへと腰掛ける。それを見た死神さん(仮)は私の対面のソファーに座った。







「……ということで、この世界のことはこんな感じの認識で良いよ。」


 死神さんの説明でようやくこのおかしい現象についてだいたい理解出来た。簡潔にまとめると、


 一、ここは死後の世界である


 二、死んだ人間の中で選ばれた人達は生前の姿を取って死後の世界で仕事をする


 三、その中でも特殊な『自殺した人』は全員死神という職につき、人の魂を狩る仕事を与えられる


 四、生前の名前は使ってはならない


 五、寝食しなくても生きられる(もう死んでるけど)


 六、霊体なので生きている人と会話も何も出来ない



 らしい。まあ、その他にも細々と色々あるらしいが、取り敢えずここを押さえておけば良いらしい。


「さて、たくさん話したから今日はこれくらいにして、明日から死神の仕事を覚えてもらうからね。」

「は、はぁ……」


 楽しそうな声色の死神さん。それを聞いていると思わず本音が零れてしまう。ポツリと小さく呟いてしまった。


「……情けない『私』という存在を消すために死んだのに。」


 それなのにまだ如月 瞳としての意識がある。どんな拷問なのだろうか。ああ、死ぬ瞬間に感じていた黒くて気持ち悪い感情が心の中を渦巻く。


「あはは、結構デカい本音が出たね!」


 そんな私に反して出た死神さんの笑い声に、私は不快感でグッと眉間に皺を寄せてしまった。


「僕も自殺した後、先代の死神からこの世界の説明を受けた時に同じこと思ったよ! あはは、僕とひーちゃんお揃いだネ!」


 なんだろう……語尾に星かハートが付く言い方でムカつく。あとウィンクすな。この人──取り敢えず先代と呼んでおこう──のテンションにはついて行けなさそうな雰囲気をヒシヒシと感じ、頬が強張る。


「ぶっ……ふふふ……あー、まるで死にたての僕かこを客観的に見てるみたいだなぁ。」


 死にたてって……言い方が悪い気がする。冗談でも笑えない。


「……この負の連鎖を断ち切るにはどうすれば良いだろうね。」


 先程までおちゃらけた雰囲気でいたというのに、スッと声を潜めてそう呟いた先代。


 負の連鎖、とは一体……?


 私はそう聞こうと口を開けた時、被せて先代が話し始めた。


「さ、今日は色々あったし、少し早いけど休もう? 死神はもう死んだ人間だから食べなくても寝なくても死なないけど、精神的に安定させるには食べる眠るが一番効果的だからね!」

「は、はぁ……」


 死神さんはそう言って私をまた手招いた。

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